第一話 ミステリー byアズマ

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第一話 ミステリー byアズマ

数学の授業はいつにも増して退屈だった。生え際が頭頂部あたりまで後退している中年の先生は、ボソボソとしゃべり、その声は一番後ろの私の席までほとんど聞こえない。 しかも黒板には、二次関数と呼ばれる落とし穴みたいな絵が書かれている。小学生の頃から算数は苦手だったが、中学に入り、全くついていけなかった。足し算や引き算どころか、XとかYとかアルファベットまで出てきた時点で、もうお手上げだ。 私は必死にあくびを我慢する。この先生は、あくび一つでネチネチと説教をする。ましてや、居眠りしようものなら、きっと後で呼び出しだろう。それだけは勘弁してほしい。でも、この退屈な授業を眠らずに乗り切るのは至難のわざだ。こんな時、私がやることは一つしかない。 私は脳みその奥に、意識を集中する。あたりが静かになった。そして、まるでさざ波のように、ざわざわと声が聞こえ始める。それはやがて、はっきりした声となる。 『ああ、まじかったりい。はやくひるごはんたべてえ』 『きょうのぶかつのめにゅーなんだろう。しんどくなきゃいいな』 色んな声が、頭の中で響いている。これは、クラスのみんなの心の声だ。 私が他人の心の声を聞けるようになったのは、小学生の時だ。初めは何か分からず、病気だろうかとも思ったが、すぐにその声が、まわりにいる人間の心の声だということに気づいた。そこからは、意識すれば、教室にいる同級生の心の声を聞けるくらいにはなった。こうやって、退屈な授業の時なんかは、同級生の考えていることを聞き、楽しんでいるのだ。 『きょうこそたからをうばおう』 ある男の子の声に、私は意識を集中する。 『かいだんはたいへんだ。でも、きょうこそたからをうばわなきゃ。しんげつだから、きっとだれにもみつからない。ぞうのうしろのみちをとおって、たからをうばうんだ』 やがて、その声は聞こえなくなった。宝を奪う。いったいどういうことだろうか。私の超能力は、誰の心の声かまでは分からない。しかし、このクラスの誰かであることは間違いない。 しんげつ、つまり新月のことか。ということは、今日の夜に、何か分からないけど、宝物を奪おうとしている。でも、どこに宝物はあるんだろう。象の後ろ、と言われても、このあたりに動物園はないし、象を飼っている家なんて聞いたこともない。 しばらく考えていると、ふとひらめいたことがあった。階段は大変、つまりは長い階段をのぼるということだ。この近辺で長い階段があるのは、亜図魔山だろうか。その上にあるのは……。 「分かった」 私は思わず大声を出してしまった。みんなの目が、私の方を向く。 「えっと、比井山さん、何が分かったのかな」 数学の先生が、目を丸くしている。 「あ、すみません。何でもありません」 先生は首を傾げていたが、またボソボソと授業を再開した。 私はふうと息を吐く。嬉しくて、ついつい大声を出してしまった。 亜図魔山の上にあるのは、亜図魔博物館だ。そして、その入口には、ダダビビデ像がある。つまりは、象ではなく、像のことを言っていたのだ。きっと、その後ろに秘密の道があるに違いない。 「むふふ」 私はそこで決意する。宝物を盗もうとしている犯人をとっ捕まえてやろう、と。いったい何を盗もうとしているのかは分からない。しかし、悪いことをしようとしているのは確実だ。私がそこで捕まえて、警察に突き出してやる。警察官や家族に褒められる自分の姿を想像し、ニヤニヤとしてしまう。
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