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1.孝道
もう十二月なのに今日は妙に暑い。異常気象というやつは、やっぱり人間を駆逐するための地球からの攻撃なのかもしれない。
休憩中、会社の屋上でちびりちびりと缶コーヒーをすすりながら、世界の今後について思いを馳せていた孝道に向け、同僚の葉月が発したのは、
「結婚しよか。私ら」
という突拍子もない一言だった。
「ごめん。なんで?」
切り返し方としては失礼極まりないものなのだろう。けれどそうとしか言えなかった。
だって葉月は知っている。孝道が葉月の弟の大和と付き合ってもう五年になることを。
「私が嫌い?」
「葉月はいい同僚だし、大和の姉ちゃんだし、好きか嫌いかって言われたら好きだよ。でもそういう好きじゃないし」
「そういう好きじゃないと結婚ってできないっけ?」
「できなくはないけど、そういうのじゃない好きで結婚しちゃうと後々無理がくると思うんだが」
「それはあなたが? それとも私が?」
「はあ? いや、そもそもだけど葉月だって俺のこと、好きじゃないよな?」
ここでもし、実はずっと好きだったのよ、と言われたらどうしよう、と孝道は思った。
葉月は、彼女に恋愛感情を持っていない自分から見てもいい女だとは思う。実際、葉月を狙っているやつは社内でも多い。
けれど、孝道からしたらこと恋愛という舞台においては……大和以外の人間であることに変わりはない。
大和か、大和じゃないか。だとすると、好きと言われたって応えられない。
これからも良い関係を築いていきたい相手ではあるのだ。でもこれだけは譲れない。
どうしよう、とぐるぐるしていると、葉月がぷっと噴き出した。
「好きなわけないでしょ」
「は?! いや、お前、じゃあなんで俺と結婚って……冗談きついわ〜」
「冗談じゃなく、我が家の窮状を救うために必要なの。ひいては大和のためであり、私のためでもある」
「どういう意味だよ」
「私さ、付き合ってる人がいるの」
言いながら葉月はスマホを操作する。つい、と差し出されたそれを見て孝道は息を呑んだ。
「岸田かおり。高校のときの同級生。で、今は私の彼女」
「そうだったんだ」
「そうだったのよ」
頷いて見せてから、ただねえ、と葉月は苦い顔をした。
「あんたも知ってると思うけどさ、大和が今勤めてる会社、うちの父親の会社じゃん」
「ああ……。うん」
知っている。野崎建設といえばこの辺りで知らない人間はいない。大和はその父親の会社で営業をしている、と彼から聞いていた。
「うちって同族経営なのね。社長もずっと世襲制だし。そうなるとさ、父さんの後を継ぐのは大和ってことになるの。父さんもそれを意識して大和に見合いの話を持ち込み始めてる」
「ええええ!」
聞いてない。そんなこと、大和からは一言も。
青くなる孝道に、葉月は同情するような目を向けてから続けた。
「うちの親は頭が昭和で止まってるから、現代の感覚を絶対に受け入れられない。社長たるもの、結婚して後継を作ってこそって言って、見合い話をばんばん持ってきて大和にも圧をかけまくってるの。そんな親にあんたとの関係を打ち明けるなんてできないって大和はずっと悩んでる。私もね、いつまでひとりでいるんだ、恥ずかしい、とか言われてこれまた見合い攻撃を喰らっている」
「そう、だったのか」
大和、最近元気がないな、とは思っていたが、まさかそんなことになっているなんて夢にも思わなかった。
「随分時代錯誤だよな。今は令和だ。そんなの時代が許さないと思うけど」
「時代が許さなくても親父は止まらない。そういう人よ」
葉月は苦々しいため息をつくと、孝道の顔にまっすぐ視線を向けた。怖いくらいの力のこもった目だった。
「だから提案なの。私たちふたりもあんたたちふたりも守るために、私はあんたと、かおりは大和と結婚するってのはどうかって」
「はあ?! それ偽装結婚とか仮面夫婦とかそういう……」
「平たくいえばそういうことになる」
あっさりと頷かれ、孝道は目を白黒させた。
「いや待て……! それ葉月の彼女も大和も納得してるのか? さすがにそんなのふたりとも無理って言うだろ!」
「ううん。賛成してくれてる」
「はああ?!」
葉月の彼女であるかおりのことはよく知らないが、大和のことは知り過ぎるくらい知っている。もう五年も一緒にいるのだから。だが、孝道よりよほど常識人で、とてもじゃないがそんな突飛な提案を受け入れるタイプではない。
「それだけ……真剣ってことでしょ。あんたに。そういう方法を取ってでも、あんたと一緒にいたいんだよ。だってさ、この方法ならあんたが遠くへ行っちゃうことはない。大和言ってたもん。私がこの提案したときさ。これでずっと孝道と繋がっていられるって」
そこまで言ってから葉月はふっと目を伏せて笑った。
「かおりもね、同じこと言っててさ。なんかもう……泣けちゃうよね」
いつも、通り過ぎるくらい通る声で豪快に笑うやつに、こんなふうに涙声を出されると……どうしていいか、本当にわからなくなる。
世間一般的に考えたら絶対に間違っているのだ。こんなことは。
けれど、孝道は頷いてしまった。もともと押しに弱いのもそうだ。流されやすいのもそうだ。だがなにより、大和がそうまでして自分と繋がっていたいと望んでくれたことが嬉しかった。
この葉月の提案から半年後、孝道は葉月と、大和はかおりとそれぞれ入籍することとなった。
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