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幽霊街に巣食う蜘蛛
十年後──
少年から青年に為った彼は全身にタトゥーを入れ、何処で手に入れたか高価な指輪やネックレスを身に付けていた。
良い意味でも悪い意味でも過去と見違える姿。
幼くして両親を亡くした子供はまともに生きていくことは難しく、闇に紛れて、その手を汚していくしかなかったのだ。
「今日こそ……やってやる。勝てなくてもいい、弱者が味わった恐怖を少しでも奴等に」
刻は深夜。町外れのゴーストタウンに青年は足を運んでいた。
手に握り締められていたのは金属バット。それは月光に照らされ、先端が光輝く。
目的はただ一つ、正義に復讐すること。
「腐るほど時間掛けて、何とか居場所を掴んだんだ……しくじってたまるか!!」
ザッ!
「ッ!」
前方から砂利を踏み締める音が聞こえ、彼は咄嗟に身を隠す。
「見つけたぞ」
小声で呟き、ニヤリと笑う青年。
眼前にいるは無防備な姿で欠伸を仰がせるヒーロー。
「・・・・・」
呼吸さえも止めて、忍び足で近付いていっては、手に持つ金属バットを大きく振りかぶる。
狙うは頭部。
手の甲を走る血管は彼の怒りに呼応して、ドクドクと脈動。
青年は何の躊躇いもなく、本気で振り下ろした。
ヒュ!
しかし──
「なっ!?」
それは当たることはなく、空を切り、地面を陥没させただけだった。
煙のように消えたヒーローの姿を急いで探す青年、見当たらず息を飲んだ瞬間、彼の背に声が掛けられる。
【奇襲なんて卑怯なことしてくれるじゃないの】
「ッ!!」
十年前に植え付けられた恐怖が再び呼び起こされる。
青年は一切の物音を立てなかった、それでも一撃すら与えられなかったという事実が余計に青年の身体を強張らせる。
重なる両親を殺したヒーローに力で押さえつけられた、あの日を。
【これでもヒーローの端くれさ、付けられてることくらいお見通しだったよ……尾行くらいもっと上手くやろうぜ、なぁ?】
「はっ!はっ!」
荒くなる呼吸は手元を震わせる。
湧き上がる恐怖を抑えながら何とか彼は振り返った。
【悪者……って訳じゃなさそうだな?】
青年の顔を見るや否や、そう判断する男。
【あれ、お前一人か?俺の勘もちょっと鈍ったかな】
「……蜘蛛の糸を操るヒーロー“スレッド”」
青年が名を呼ぶと何故か笑みを浮かべて男は喜んだ。
【ほぉ~!これは嬉しいねぇ、俺みたいな郊外を護る影の薄いヒーローでも知ってもらえているとは。
だが、ファンにしちゃあ少しやんちゃしすぎなんじゃねぇかい?】
「ファン?ファンだって!!」
【何だ違うのか】
激昂する彼を見て、落胆するように呟くスレッド。
「俺の両親はヒーローが被害を考えずに暴れまくったせいで死んだんだ!!
お前ら“正義”は戦いに巻き込まれた人間のことなんか何も考えちゃいない!!」
【おいおい!こいつはとんでもない濡れ衣を着させられたもんだぜ。
俺がお前の両親を直接ぶち殺した訳じゃあるまいし、俺には関係無いだろ】
「あぁ、確かに俺の両親を奪ったのはお前じゃない。
だが、関係はある」
【何?】
「てめぇもヒーローだろ」
【・・・・・】
「俺はよ、大嫌いなんだ。ずっと昔から、“ヒーロー”ってやつが」
【……興味本位で訊くが、お前の両親を殺したとかいうヒーローってのは誰の事だ?】
「“スマン”」
【ぶふっ!マジかよ、アッハハハ!!】
青年がその名を口にした途端、噴き出すスレッド。
太股を何度も叩きながら爆笑する男に青年は拳を握り締める。
【その話がマジなら、そらぁお前みたいな奴が復讐なんて夢のまた夢だね。
圧倒的な差を“月とすっぽん”なんて表現するらしいが、お前の場合宇宙の果てとすっぽんだな!アッハハハ!!】
「黙れッ!」
【俺にさえ攻撃を見切られてる奴がスマンに勝てる訳ねぇだろ、馬鹿が!
アイツは凄ぇよ、今じゃ大都会の大統領だぜ?
俺が一生懸けても追い付けねぇ、ヒーローの中でもここまで差があっちゃあ、やる気なんて無くなるね】
「ヒーローは皆殺しだ」
再びバットを構える青年。
【こらぁ~舐められたもんだな。本命の相手には手が届かねぇから、俺のような無名で憂さ晴らしってか、半グレが。
悪者じゃねぇようだが、ヒーローに手を出した以上、生きて帰れると思うなよ】
「そいつはお互い様だろ」
【フンッ!そんな震えた手でバットなんて振れるのか?バンビボーイが!!】
「……煩ぇ」
見透かされる青年の恐怖。
【てめぇも裏の世界で生きてきたなら理解るよな?
殺す覚悟は殺される覚悟とイコールだって事がよぉ~!!】
「だから来たんだよ」
【ひゅ~!口だけは一人前だな】
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