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「い、言っておくけど、キスだけだからな――」
と、言いたかったのに。
言い終わるよりも前に、唇にふれた柔らかいもの。
驚いて目を見開けば、すぐ目の前にマルクスの精悍な顔がある。
(最後まで、話を聞け――!)
そんな風に思って、抗議をしようと唇を開ける。
でも、それを見計らったかのように、マルクスが俺の唇を舌で舐めた。
ぬるりとした舌の感触に、余計に驚いてしまって身体から力が抜ける。
「……ロドルフ」
「お前っ!」
半ば上目遣いになりつつ、マルクスを睨みつける。
こいつ、キスだけって言ったのに。
(まぁ、確かにこれも、キス……なのか?)
軽いものも、深いものも。キスと言えばキスだ。ひとくくりにすれば、キスの部類だ。
……ダメだ。キスという単語が頭の中でぐるぐると回って、目まで回ってしまいそうだ。
「なぁ、ロドルフ。……もっと、したい」
ぐっと俺に顔を近づけてきて、マルクスがそう言ってくる。……やめろ、やめろ!
「お、俺、縁談を控えてるんだってば……!」
だから、こんな不埒な行動を続けるわけにはいかない。
(だって、それに、縁談相手は男だし……)
縁談相手が男だから、なおさらマルクスと不埒な行為をするわけにはいかなかった。
相手が女ならばまだ、まだよかった。男だと、どうしても……なんていうか、マルクスと重ねてしまいそうなのだ。
「だから、これ以上は無理。……な、悩み相談ってそれだけだろ? じゃあ、これで解散な」
そう言って立ち上がろうとすれば。マルクスに肩を掴まれて、引き戻された。
「お前、なんのつもり!?」
マルクスが俺の身体を、自身の膝の上に載せた。かと思えば、身体をくるりとひっくり返されて、後ろから抱きしめられる。
この心臓の音は、本当にどっちのものなのだろうか。マルクスのものなのか、俺のものなのか。
もしくは――両方の心臓の音なのか。
「正直、俺はロドルフに俺以外の奴と結婚してほしくない」
「……あっそ」
自分でも驚くほどに、素っ気ない声が出た。
「だって、ロドルフと俺、人生の半分以上を一緒に過ごしているから」
「……今後のことを考えると、半分にも満たないぞ」
そうだ。仮に寿命が六十年だとして。俺たちの年齢だと、まだまだ半分にも満ちていない。
つまり、今後の人生のほうが長いっていうこと。
「だから、離れていても慣れるって」
……ずきん。
心臓が、傷ついたような音を鳴らした。誤魔化すように、胸の前でぎゅっと手を握る。
忘れていた気持ちが、胸の中に溢れ出てしまいそうだった。
……忘れようとして、頑張って、ようやく忘れ、封じ込めていた気持ち。
正直、ここで出てくるなんて、思いもしなかった。
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