断罪

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断罪

 裁きの間には、年若い男女三人が立っていた。身形の良い格好の男が二人と、派手に着飾った女が一人。 「……セドリック、こんなところに俺とノーラを呼び出すなど、一体何のつもりだ」 「揃ってのこのことお越しいただき感謝しますよ、兄上。いや、アレス・ギルフォード。そしてキャスバル男爵家令嬢ノーラ・キャスバル」  ギルフォード王国第二王子セドリックが、自身の兄と、その新たな婚約者を鋭い眼差しで見据える。 「貴様、兄に向かって何だその態度は! 俺は第一王子であり、未来の国王だぞ、口を慎め!」 「慎みが必要なのは貴方達だ。兄上は傲り高ぶり、ノーラ嬢はそんな兄を(そそのか)し、許されざる罪を犯した」 「何を言っているのだ、貴様は! 俺を侮辱するのか!」 「そ、そうですわ! 私たちは罪など犯していません!」  セドリックは、尊大な態度を崩さないアレスとノーラを嘲笑う。 「はっ、貴方達は自らの行いを棚に上げて、よくもそんな白々しいことを言えるな。……そうは思わないか、ルナリア嬢?」 「は? ルナリアだと? 死んだ女がどうしたと……」  アレスが馬鹿にしたように口を開くと、裁きの間の扉の向こうから、プラチナブロンドの髪に瑠璃色の瞳の美しい少女が現れた。なぜか、王宮筆頭魔術師がその手を取っている。 「は!? なんであの女がいるのよ!?」   「まさか喚び戻したのか!? 俺の許可も得ずに勝手なことを……!」  アレスとノーラが煩くわめく。 「僕が許可を出したんですよ。ルナリアは無実だったのに、哀れにも貴方達に嵌められたんだ」 「偉そうな……! 証拠もないくせに──」 「証拠ならある」  カインが、セドリックと並ぶようにして前に出た。  射殺さんばかりの目つきで、愚かな男女を睨みつける。その身からは怒りの余りか魔力が漏れ出し、凍えそうなほどの冷気が漂った。 「お前達のことは調べさせてもらった。ルナリアに王子暗殺未遂の罪を着せるための偽装工作。その性根の腐った女に貢ぐための国庫横領の証拠。恐れ多くも国王陛下に毒を盛った暗殺未遂の証拠。すべて揃っている」 「う、う、嘘だ! お、お前、王宮の魔術師の分際で、未来の国王たる俺を(たばか)るか!」 「そ、そうよ! 不敬だわ! 牢に捕らえましょう! 近衛騎士はどこに行ったの!?」  セドリックが呆れたように溜息を吐く。 「この期に及んでこの醜態とは……。兄上に近衛騎士はもういませんよ。そして、貴方はもう未来の国王ではない」 「……は? 戯れ言を……」 「戯れ言を言っているのは貴方だ。今までは派閥の勢力で負けていたが、ファリス侯爵家もローウェル公爵家も、僕の陣営についてくれることになってね。あと、兄上とキャスバル男爵家の横暴に辟易していた貴族も大勢、寝返ってくれるそうだよ」 「ば、馬鹿な……」 「国王陛下も解毒が終わって回復され、次代の国王は第二王子の僕にと宣言してくださった。貴方達の処分も一任されている。兄上はもちろん廃嫡の上、諸々の罪で生涯幽閉なので、ご覚悟を。そしてノーラ・キャスバル、お前も重罪だ。男爵家取り潰しの上、主犯格のお前は過去転移の刑に処す。ルナリアと違って喚び戻されることなどあり得ないから、ご愁傷様」 「そ、そんな……!」 「嘘よ……! 王妃になる夢が……!」  アレスとノーラは絶望に顔を歪め、その場にくずおれた。  全てが終わったかのように思えた、その時。 「……お前のせいだ、ルナリア! お前がその魔術師とセドリックを誑かしたんだろう! この悪女め!」  何もかもを失ったアレスが憎悪の篭った暗い目を向け、ルナリアに襲いかかる。  足がすくんで動けずにいる無防備なルナリアに、アレスの右手が伸びた瞬間。  ルナリアとアレスとの間に分厚い氷の壁が現れ、アレスの喉元には氷の刃が突き付けられていた。刃の触れたアレスの首から僅かに血が滲む。 「ルナリアを傷付けることは許さない」  カインの冷え冷えとした金色の瞳に殺気が宿る。  アレスは脱力したように尻もちをつくと、「俺が国王なんだ……国王、国王……」と気が触れたようにぶつぶつと繰り返し始めた。  セドリックの指示で近衛騎士がアレスとノーラを捕らえ、裁きの間を出て行く。 「ルナリア、怖い思いをさせてすまない」  カインがルナリアを労わるように、優しく肩を抱いた。 「……いえ、助けてくださって、ありがとうございました」  ルナリアがカインを見上げて微笑む。そこへ、セドリックがやって来た。 「二人とも、兄が申し訳ない。これからさらに厳しく取り調べて、公開裁判を行うことになるだろうが、まあ、刑が覆ることはないだろうね。ルナリア嬢に着せられた汚名も、新たな大神官の名の下に、無実であったことを公表して名誉を回復しよう」 「セドリック殿下、何から何まで感謝いたします……」 「お礼なら、そこの魔術師殿に言ってくれ。彼が完璧な証拠を手に入れてくれたおかげで、僕は後継者争いに勝つことができ、君を助けられた」 「えっ……?」 「それにしても、魔術の研鑽にしか興味のない男だと思っていたのに、急に後継者争いに口を出してくるから何かと思ったら、想い人のためとは。どうりで、やたらと兄に冷たかった訳だ。カインを敵に回したら恐ろしいことが分かったから、これから気をつけなくてはだな」  おどけて茶化すセドリックに、カインは生真面目に答える。 「ルナリアを傷付けさえしなければ、敵にはなりませんよ。……殿下、ご助力感謝します」 「僕は利のある交換条件に乗っただけさ。……まあ、せっかく繋がった縁だ。これからもよろしく頼むよ」  そう言うと、セドリックはひらひらと手を振り、近衛騎士を引き連れて裁きの間から出て行った。 「……さあ、この忌々しい部屋にももう用はない。私たちも行こう。君を連れて行きたい場所があるんだ」  ミハイルに手を取られ、ルナリアも部屋を後にする。  ふと振り返って見てみれば、あれだけ恐ろしかった裁きの間も、今やただの厳粛な広間にしか見えない。  無実の罪を着せられたあの日の絶望や怒り、恐怖は、すっかり消え失せていた。
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