着せられた汚名

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着せられた汚名

 しんしんと雪が降り積もる、真冬のギルフォード王国。  ロザリオ大聖堂の裁きの間に、大神官の重々しい声が響き渡った。 「──汝、ルナリア・ファリスを過去転移の刑に処す」  宣告を受けた侯爵令嬢ルナリア・ファリスは震える手を必死に抑えながら、大神官の横に立つ第一王子アレスと男爵令嬢ノーラを静かに見つめていた。  聖堂で手を取り合って佇む、金髪碧眼の麗しい王子と亜麻色の髪に桃色の瞳の可憐な令嬢。一幅の絵画のように美しい光景だが、彼らの表情は底意地の悪い愉悦に歪んでいる。 「王族暗殺を企てた貴様など、本来なら斬首刑でもおかしくないところだが、温情で過去転移の刑にしてやったのだ。俺に感謝するんだな」 「アレス様の寵愛が得られなかったからって、恐ろしい女!」  アレスとノーラは、囚人用のみすぼらしいドレスに身を包んだルナリアを、汚らわしい物でも見るような目つきで見下ろしている。 (……私は、アレス様に嵌められたのね)  ルナリアは涙が溢れそうになるのを堪え、この一週間の悪夢を思い返した。  一週間前、侯爵家の屋敷で寛いでいたところ、急に王宮の兵士がやってきてルナリアを捕らえたのだ。  両親や弟達が必死に守ろうとしてくれたが、荒々しく腕を掴まれて連れ出され、第一王子の暗殺未遂などという身に覚えのない罪を着せられ、今日まで王宮内の牢に囚われていた。  いくら無実だと訴えても、誰も取り合ってくれない。やっと牢から出られたと思ったら、第一王子との婚約は破棄され、過去転移の刑に処されるという。 (アレス様は、あの令嬢に夢中になられて、私のことが邪魔になったのだわ。それに、最近の強引な振舞いに苦言を呈していたファリス侯爵家のことも疎んじて、失脚を図ったのかもしれない……)  ここ数か月、アレスの様子は確かにおかしかった。侯爵令嬢であるルナリアを婚約者としながら、男爵令嬢のノーラに入れ込み、高価なドレスや宝石などを頻繁に贈っているようだった。  しかも、国王陛下が最近病がちになっているのをいいことに、まるで国王気取りで好き勝手に振る舞っていた。  ルナリアの父であるファリス侯爵が度々諫めていたのを煩がっていたようだが、まさかこのような手段に出てくるとは思いもしていなかった。  いや、自分の婚約者を信じたい気持ちが判断を鈍らせていただけで、気付く余地は十分にあったのかもしれない。しかし、今となっては後の祭りだ。  コツコツと近づいてくる足音がルナリアの正面で止まると、アレスの無慈悲な声が響いた。 「すぐに刑が執行される。命だけは助けてやるのだ。お前のことなど誰も知らぬ大昔の世界で、苦しみながら生きるといい。まあ、深い森の中から抜け出せたらの話だが。獣や盗賊も多い世界だ。女として、斬首より酷い目にあうかもしれんが、それも贖罪だと思って受け入れるんだな」  ふふっと微かな笑い声が聞こえた方を見ると、ノーラと目が合った。アレスに裏切られたルナリアを嘲るような薄ら笑いを浮かべている。  アレスとルナリアの婚約は、確かに政略によって結ばれたもので、そこに愛はなかったかもしれない。  それでもルナリアは王族の婚約者として恥ずかしくない人間になろうと懸命に努力してきたし、「小賢しい女」だとか「顔と家柄だけが取り柄の女」など、陰でアレスに何を言われようと、誠実に接していればいつか解り合えると信じていた。  だが、ルナリアを待っていたのは、このような惨めで理不尽な仕打ちだった。  アレスは命だけは助けると言っているが、過去転移の刑が実質的な死刑であることは周知の事実だ。  家族も知人もいない人間が身一つで過去に放り出され、簡単に生きていけるはずがない。転移場所も森や山の中ばかりで、そこから無事に抜け出せるとは到底思えなかった。  唯一、王族の歴史書にあった百年以上前の記述に、過去転移の刑に処されたと考えられる女のことが書かれていたが、気が狂い王宮に忍び込もうとして処刑されたと結ばれていた。  過去転移後の自らの末路を思い、ルナリアはギュッと拳を握りしめた。手の震えが止まらない。体中から湧き上がるこの感情は、絶望だろうか、怒りだろうか、恐怖だろうか。  きっとその全てだろう。 「ルナリア・ファリスを転移の間へ連れて行け」  大神官が命じると、白い衣装を纏った神官と黒いローブ姿の魔術師がやって来て、ルナリアはそのまま転移の間へと連れて行かれたのだった。
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