01.道を示すまでが私のお仕事です

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01.道を示すまでが私のお仕事です

 王の御前でカードを捲る。一枚、また一枚。七十八枚のカードを駆使して結果を導き出すのが、私の仕事だ。アテュと呼ばれる絵札が二十二枚、他に記号と数字のスモールが五十六枚あった。アテュのみで占った結果が、テーブルの上に広がる。私は慎重に最後の一枚を裏返した。 「この交易はお断りした方がよろしいかと」  国王陛下へ淡々と告げる。読み取ったカードには、もっと複雑な情報が含まれていた。だが交易相手に繋がる貴族が同席しているため、深い事情は濁す。いつも同じだ。  占い結果を「こうしなさい」と言い切って、指示してはならない。私はあくまでも道を示す者であり、先導したり手を引いて選択肢を決める権限はないのだから。占いの結果を聞いた当事者が、己の意思で決断すべきだった。様々な岐路で占い師が決断を任されれば、その人の人生が狂ってしまう。  国王陛下は蓄えた立派な髭を左手で撫でながら、うーんと唸った。責めるような鋭い眼差しは、隣国との交易を勧めたい貴族だ。余計な発言をした私を睨むが、ヴェール越しなので無視した。これもいつものことだった。  占い結果には、大きく失敗すると出ている。私はその結末を濁して伝えたに過ぎない。危険だと判断すればやめればいいし、それでも利益を求めるなら話を進めるだろう。どちらを選んでも王が私に責任を問うことはない。  特徴ある髪色をヴェールに隠し、私はカードを一枚ずつ手元に戻した。一族に伝わる古いカードだが、不思議なことに新品の輝きを保っている。光沢のある表面はガラスのように滑らかで、色褪せない文字や絵は鮮やかなまま。数百年の長き年月を感じさせない神秘のカードを、専用のケースに片付けた。 「では、失礼いたします」  占いが終われば、この先は私に関係ない。結論が出るのを待たず、席を立った。宰相閣下が私の手を引き、扉の向こうまで案内してくれる。その際、カードが入ったケースを彼に預けることはない。決まりきった手順を踏んで、私は彼の案内で馬車に乗り込んだ。 「ありがとうございました」 「いいえ。お役に立てたなら幸いです」  馬車の扉を閉め、軽く会釈して座席に身を任せる。いつも通りだ。見送る宰相閣下は一回り年上で、すらりとした体躯の美丈夫だった。密かに憧れているのは秘密だ。 「お嬢様、お疲れになりましたでしょう」 「ええ。少し……」  カードに触れる間は集中している。伝えられる情報を正しくすべて読み解くために、他の感覚を遮断しているに等しかった。そのため、占いの途中で火傷をしても痛みを感じないほど。幼い頃の失敗を思い出し、口元を緩めた。  馬車は軽快に走り、王宮の敷地を出た。その先にある小さな屋敷へ入っていく。ここで馬車を乗り換えた。 「いつものことだけれど、助かるわ」 「ご配慮が行き届いて、お嬢様が安全に往復できるのも国王陛下のお陰です。有難いことです」  先ほどの目立つ豪華な馬車から、やや質素な馬車に乗り換える。こちらが本来の私だ。乗り換えるとすぐにヴェールを外した。結い上げた髪を解く。ヴェールからはみ出さないよう、きつく結ったハニーブロンドが肩に広がる。 「はぁ、楽になった」 「神秘の宮廷占い師様とは思えないお姿ですこと」  ふふっと笑う侍女は、私にとって姉のような人だ。幼い頃からずっと一緒に育ち、気心が知れた友人でもあった。焦げ茶の髪を結んだ緑の瞳が美しいハンナが、ヴェールを受け取って丁寧に畳む。私はぐったりと背もたれに身を預け、癖がついた髪をかき上げた。  取り繕う気もない。宮廷お抱えの専属占い師――この肩書きは仕事用で、今の私はただの子爵令嬢なのだから。王都を走る馬車は、やがて小さな屋敷に入っていった。いつもと何ら変わりないお仕事と日常、占いの後は美味しいお茶を楽しもう。 「お茶の支度をして頂戴」 「先に着替えをいたしましょう」 「そうね」  微笑んで着替えに向かった私は、自室に入るなり不審者に囲まれた。 「なにも……っ!」  叫ぼうとしたハンナが殴られて倒れる。駆け寄ろうとした私は、ここで意識を失った。
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