10.署名は練習するべきだったわ

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10.署名は練習するべきだったわ

 小屋敷に戻り、真っ先にカードを探した。あのカードが見つかったら、再び占い直せばいい。あたふたと部屋に駆け込む私に、ハンナがさらりと告げた。 「お嬢様、机の上にカードをお忘れでした」 「……忘れ?」 「ええ、以前のお申し付けの通り、触らずにハンカチをかけて保管しています」  促された机の上に、確かにカードがあった。アテュの『運命』だ。安心して足から力が抜けた。今日は散々だったわ。ハンナは受け取った箱を開け、目を輝かせた。  参加したお茶会で用意された手土産は、焼き菓子の詰め合わせ。私が甘いものを好むと知っている王妃様は、いつもお菓子を用意してくれる。それも王妃様の手作りだった。王子と王女が甘いものを食べないので、陛下と楽しむと聞いている。  何度も素晴らしいと絶賛したお菓子は、今日もジャムやナッツで贅沢に飾られていた。王妃様渾身の傑作だ。まるで宝石箱のようだと頬が緩んだ。我が家が使用人と距離が近いと知り、使用人の分まで詰めてくれた。本当にお優しい方だ。 「今日の占いはいかがでした?」  占いの内容を話さないと知っているハンナ流の挨拶だ。天気が良かったか尋ねる程度の意味しかない。私は肩を竦めて、王宮での出来事を説明した。もちろん、占いに関する話はタブーだ。  王妃様や公爵夫人の装いが素敵だったこと、帰ろうとしたら宰相閣下に呼び止められて試されたこと。隣国が占い師欲しさに私へ縁談を持ち込んだ話。最後に、国王陛下に命じられ宰相閣下と婚約した件まで。 「えっと……お嬢様が奥様に?」 「まだ婚約よ」  奥様はだいぶ早い。そもそも婚約は縁談お断りのためであって、重要ではない。適当な時期に解消されるはず。それでも僅かな間、婚約者の地位に浸りたい、と思うのは当然だった。初恋の君の名前の下に、自分の署名をしたのだから。 「お嬢様って、字が下手でしたよね」 「ハンナ、確認するように言わないで。事実が胸に突き刺さるじゃない」  ぐっと胸元を押さえて「傷ついてるわよ」とアピールした。そうなのよね、ものすごく字が下手なの。宰相閣下の署名はお手本のようで、流れる美しい筆記体。私の文字は大きく歪み、文字を習いたての子どもレベルだ。 「署名の練習をするべきだったわ」  神秘の占い師のイメージが台無しだ。本当にひどい署名だった。  戻ってきた屋敷のソファに寝転がる。置かれていた良い香りのクッションを抱きしめた。この小屋敷は国王陛下のご配慮で、きちんと清掃が行き届いている。留守宅といっても、居心地は良かった。ごろごろと寝転がって呻く私の背を、ハンナの手が叩く。  起きろと示す彼女には悪いが、心が回復するまで待ってほしい。文字が汚いのも、婚約の解消が待ち受ける寂しさも、心を抉ったままなのだから。 「お嬢様!」  叱りつける響きに、慌てて顔を上げる。と……ぼやける近距離に、美形の顔があった。まだ眠ってないのに夢を見てしまったわ。
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