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02.名前が間違っています
何者です! 誰何するハンナの鋭い一声は遮られ、敵の手に落ちた。といっても、敵の正体が不明な上、相手の目的も不明なのだけれど。両手両足をそれぞれ縛り上げて床に転がされていたら、味方に助けられたとは思えない。
冷たい床は地下牢か。淑女相手なのだから、ベッドでなくても椅子に縛り付けるくらいの配慮が欲しかった。これでは体が冷えてしまう。女性に冷えは大敵なのに。
ぐるりと視線を巡らすと、鉄格子ではなく鉄の扉を見つけた。鉄格子より脱出が大変そうだ。蹴飛ばしても開かないだろうし、まさか鍵の掛け忘れをしてくれるほど親切でもないだろう。
「いててっ」
首の後ろと腰が痛い。他にも左肘と右足首かな。ぎこちなく手足の無事を確認し、足りない部位がないことに安堵した。目が覚めたら手足が切り落とされている、そんな小説を読んだばかりだ。同じ目に遭わなくて良かった。
自分の確認が終われば、次は侍女ハンナを探す。見える範囲にいないので、運が良ければ屋敷に放置されたのかも、と胸を撫で下ろしたが……。
「お嬢様、ご無事ですか!」
背後から声がかかった。私もそうだけれど、猿轡はしなかったようだ。ごろんと転がって反対側を向けば、同じように縛られたハンナがいた。手足、服装の乱れ、順番に確認して見慣れた彼女の顔にほっとする。傷つけられなくて良かったわ。
「大丈夫?」
「それは私の言葉でございます。お嬢様のお体に痛むところは……」
「首の後ろと腰、左肘と右足首よ。あなたは?」
「後頭部に臀部、なぜか右肩が痛みます」
一般的な子爵令嬢なら泣き叫ぶのだろうか。侍女ハンナも取り乱すことなく、淡々と自己分析を口にした。痛いところは申告しておかないと、逃げる際に困るから。悲しいことに慣れてしまうほど、二人は誘拐されてきた。
誘拐されたらまず最初に安否確認、動けるかチェックして、最後に相手が分かれば交渉する。手順を呟き、二人で頷きあう。今回はわりと真面そうな相手なので、上手に交渉して逃げる方針に決めた。
ハンナが頑張って壁際に移動する。当初はぎこちなかった芋虫匍匐前進も、もう慣れたものだ。足を大きく振って、さっさと移動を終えた。壁を利用して身を起こしたハンナへ、私も同様に這って行く。
令嬢としての尊厳とか、どうでもいい。まずは生き残ることだ。スカートが捲れたとか、足が擦れて痛いとか、後で対処が可能だった。ようやく壁に到着し、ハンナの助けを借りて身を起こす。はぁ……体中の息を吐き出すような溜め息を吐いた。
「見事だな、慣れているじゃないか。リンティア・ネバライネン嬢」
ふと気づくと、見知らぬ男性が立っていた。鉄の扉はあっさり開き、二人の護衛らしき男を従えている。じっと見つめた私は、思わず口答えしてしまった。
「リンネア・ネヴァライネンです」
「は?」
「ですから、名前の発音がおかしいです。リンティアではなく、リンネア」
「……頭がおかしいのか?」
低い声で威嚇され、びくりと肩を震わせる。怒らせてしまったかしら。というか、誘拐犯相手に名乗ってしまったわ。間違えさせておけばよかった。護衛のような大柄な男が抜いたナイフを見ながら、私は顔を引きつらせた。
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