21.面識があったようです

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21.面識があったようです

「三年前に会っている」  三年前……私が宮廷占い師として出仕し始めた頃だ。まだ右も左も分からなくて、叔母の後ろについて王宮に足を踏み入れた。代替わりを告げる叔母に続いて陛下にご挨拶して、王妃様とはその後のお茶会で初めてお目にかかった。あれ? どこに宰相閣下がいたっけ?  謁見した時だろうか。うーんと考え込む私を毛布ごと抱き締めたルーカス様が、大きな溜め息を吐く。旋毛に触れて擽ったかった。ぶるりと身を震わせる。 「君が初めてイーリスを名乗った日、陛下との謁見が終わった後に案内をしたはずだぞ」 「あ、ああ! 思い出しました」  言われて記憶が蘇る。失態を隠すように大きな声が漏れた。そうだわ、王妃様の待つ庭へ向かう道を美形にご案内してもらった。あの日はいろいろあって、頭が混乱して記憶が曖昧だ。それでも美形だなと思ったのは覚えている。  さすが王宮! 美形の質が高い、と近所の顔が整ったお兄さんレベルではないことに感心して。思い出した途端、恥ずかしさで顔も首も赤くなった。 「あの時も今もご迷惑ばかり……」 「いや、私は楽しんでいるよ」  くすくす笑いながら言われると、言葉をそのまま信じたくなる。けれど、あまりに迷惑をかけ過ぎていた。今回の襲撃は予想していたが、初対面の人の胸に間違って飛び込んだ記憶が羞恥心を掻き立てる。三年前のあの日、私は王宮でやらかしていた。  初めての王宮にはしゃいでいたし、新しい役目を貰ったことに興奮していた。叔母に注意されたのに、きょろきょろと周囲を見回しながら歩く。王妃様のいる庭は私的な場所で、許可がないと高位貴族でも近づけないらしい。素晴らしい庭に目を見張りながら歩き、躓いた。  転びかけたところを助けたのが叔母だと思い込み、ごめんなさいとしがみついた。でもがっしりして、スカートの柔らかさがなくて……恐る恐る顔を上げたら、案内役の美青年だった衝撃ときたら! 息が止まるかと思ったわ。  異性に抱き止めてもらった記憶なんて、執事アルベルトくらいだ。父は幼い頃に亡くなり、顔も覚えていない。驚き過ぎて固まった私に微笑みかけて止めを刺した人が、ルーカス様だったのね。 「あの日も今日も……ありがとうございます」  また申し訳ないと言いかけて、お礼に切り替えた。ルーカス様が何か言いかけたところに、ノックの音がする。僅かに開いた扉が動いたので、慌てて毛布をかぶり直した。イーリスの屋敷なのに、リンネアの姿が目撃されるのはマズイ。 「失礼いたします。お嬢様のヴェールをお持ちしました」  ルーカス様の許可を得て、ハンナが顔を覗かせる。ほっとした。彼女の無事も、愛用のヴェールの存在も。ふわりと被って毛布を手放した。代わりにハンナが上着を羽織らせてくれた。室内用の寝着は婚約者や家族、使用人以外に見せない。特に異性など以ての外だった。 「襲撃犯を片付けて来るから、二人ともこの部屋から出ないでくれ」 「はい」  この日から、イーリスはケガの療養に入った。という建前で、人前に出る仕事を免除される。どうやら外交的な駆け引きに利用するらしい。ルーカス様の説明は難しかったが、必死で理解しようと努めた。犯人は隣国の公爵令息、求婚に失敗したら襲撃って……あの人の頭は単純すぎない?
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