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29.どこで間違えたのか(SIDEステーン公爵令息)
交渉はなぜか決裂した。おかしい、アベニウスはこの国より領地も大きく軍事力も高い。なのに逆らう気なのか? アベニウス王国の国王陛下が、俺の妻にイーリスを望むと言った。それを無視した挙句、勝手に婚約者を作り、代案として出した鉱山も手放さない?
あり得ない。鉱山は一子爵家の領地だと聞いた。取り上げればよいではないか! このままでは俺の面目が立たなくなるのに、なぜ強気に出るんだ。大人しく従えばいいだろ。女のくせに逆らうのも腹立たしい。ちょっと顔が良くてちやほやされたから、調子に乗ったんだろう。
連れ帰って躾けるか。代わりに鉱山を寄越すか。さっさと決めればいいものを!
顔を見れば分かると言ったのに、宰相は言葉を並べて遠ざける。本物の占い師かどうか確認もさせず、俺に帰れと言い放った。生意気な占い師は顔を見せない無礼を働きながら、俺に占いの能力を見せると言う。目に見えない胡散臭い能力なんて、判断できるはずないだろ。頭がおかしいんじゃないか?
部下にせっつかれ、仕方なくカードに触れた。後生大事にケースに入れたカードは、俺の未来を示したらしい。崖に向かって踏み出す男のカードだ。俺を馬鹿にするため、わざとカードを選んだのかもしれない。そう思ったら、危険が迫っていると脅してきた。
やはり占いは詐欺師の手管のようだ。怯えるとでも思ったか。
「その程度しか分からないんだ」
ふんと鼻を鳴らして貶す。反論もせず、彼女は手元のカードを集めた。丁寧に一枚ずつ並べ直し、ケースに収める。その手は肌に艶があり、若い貴族女性なのは間違いなかった。
「ルーカス様、お客人は国境の先まで警護を付けて送ってください。傷がつかぬよう、くれぐれもお気を付けくださいませ」
俺がお客人なのは当然だが、ケガをせぬよう……ではない。傷がつかぬようと言った。それでは物扱いに聞こえる。指摘して嘲笑されると腹立たしいので、ぐっと呑み込んだ。この国は傲慢で失礼だ。滅ぼすよう、帰ったら進言しよう。
数日後、俺は彼女の占いの意味を思い知る。国王陛下に預かった部下は、彼女の小屋敷を襲撃した。俺の命令もなしに勝手に動いたのだ。挙句、護衛のはずの騎士は屋敷に火を放った罪で投獄された。
「彼らが?」
尋問されて驚く俺が何も知らないと判断した宰相プルシアイネン侯爵は、護衛を付けて俺を国境まで送る。その馬車の乗り心地は最悪だった。心弾ませた往路が嘘のようだ。墓に向かう葬列のように、無言で居心地悪い空気が漂っていた。
公爵家から連れてきた侍従達も何も知らなかったらしく、不安な表情を隠さない。陛下に預かった兵や騎士はすべて、罪人として留め置かれてしまった。何と説明したらいいのか。美女を従えて戻る予定が、彼女はもちろん鉱山も手に入らない。挙句、預かった部下も奪われてしまった。
項垂れる俺は国境で、馬車から下ろされる。待っていたのは、公爵家の馬車ではなかった。罪人護送用の鉄格子で作られた馬車に押し込まれる。受け渡しの書類に署名を貰い、隣国の護衛は帰っていった。ここまでが人らしい扱いの最後だ。
出せと騒いでも暴れても、檻に閉じ込められた俺の抗議は無視される。街へ向かわず森へ入り、馬車は突然止まった。開かれた扉からまろび出る俺は、草の上に尻餅をついた。眼前に突きつけられた剣、まさか……俺を殺すのか?
尋ねるより早く、剣が振られた。
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