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30.周囲を綺麗に埋められていく
お菓子を持参したルーカス様にお茶を出し、ハンナはぐっと拳を握った。見えない位置で私に合図を送る。わかってるわよ、今日こそはちゃんと話す。執事アルベルトへ連絡を取りたいし、家の様子も気になった。
イーリスとリンネアが同一人物という話は、本当に一部の人しか知らない。隣国アベニウスにバレていないはずだけど、今回ネヴァライネン子爵家の領地にある鉱山が欲しいと告げられた。もしかしたら、襲撃されたりするかも。
懸念を伝えると、ルーカス様はにやりと笑った。顔がいいと悪魔みたいな表情でも魅力的だ。ほぼ詐欺だと思う。騙されると分かっていても、どうぞと身を投げ出したくなる。
「安心してください。アベニウス王国は何も出来ません」
言い切った。安心するより先に、不安が先に膨らむ。安請け合いされた気がして、私は眉を寄せた。正体がバレているので、部屋の中でヴェールはしない。表情は見えているだろう。
「これは国家機密なので、外で話してはいけませんよ」
前置きして、状況を教えてくれた。きっと破格の対応なのだ。国家機密と言ってたし。機嫌のいいルーカス様の説明によれば、あの公爵令息は無事に引き渡されたらしい。途中で襲撃されないよう、大量の兵を投入して警護し、国境で引き渡した際はアベニウス側の署名ももらったとか。
ほぼ完璧な対応じゃないかな。さらに鉱山は渡さない旨を記した公文書を手渡した。王家直轄領だから、という名目を添えて。それって、鉱山を襲えば国同士の戦になるぞと脅した……で意味は合ってる?
「凄いですね」
「こういった対応は宰相や外務大臣の仕事だ。私の一番得意な分野だよ」
うん、私は逆に一番苦手な分野かも。裏を読んで手を打つとか無理だし、途中でバレそう。よく感情が顔に出ると言われちゃうし、その意味でも占い師のヴェールは役立っていた。
「ところで、イーリスの次の占い師は何歳だった?」
「パウラは八歳、もうすぐ九歳ですね」
占い師として独り立ちするのは、早くて十二歳前後。引き継ぎまで、まだ三年はある。そう付け加えたところ、がくりと項垂れてしまった。ルーカス様は、パウラが気になるのかしら。
「では結婚しても、三年は手を出せないのか」
「え? 妊娠しなければ平気で……」
思わず口にしてしまい、ハンナが人差し指で「しぃ」と合図をした姿に、慌てて口を噤む。だが遅かった。ほぼ話してしまっている。目を見開いた後、ルーカス様は嬉しそうに口元を緩めた。
「そうですか。それはよかった」
いえ、全然良くないです。青ざめた私は、うっかり喋った裏切り者の口をぎゅっと引き結んだ。これ以上失言しないようにしないと、身の危険を感じるわ。
「ああ、そうそう。忘れるところでした。ネヴァライネン子爵家に、こっそりと手紙を届けさせました」
こないだの手紙、渡してくれたんだ。嬉しくなってお礼を口にする。満面の笑みで、ルーカス様は爆弾発言をした。
「君の侍女ハンナ嬢に婚約の申請が来ている。身元はしっかりしているし、王宮のお墨付きだ」
なぜだろう。嫌な予感がするんだけど?
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