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遅い朝ごはんを食べようと、パンをトーストしていると、空知のスマホがなった。
「あっ、春馬だ」
そう言って空知はスマホを耳に当てる
「もしもし? うん、海人と引っ越したよ…… 」
話しながら、海人のいれたコーヒーカップを受け取ると、一口飲んだ。
「は? それは、『やめろ』って言っただろ! そんなことして何になるんだよ、何時までこだわっているつもりだ! 春馬!」
空知は、苦々し気にスマホをにらんだ。
「……どうしたの?」
海人は、空知の背中をそっと摩った。
「春馬が、フランスに行くって」
空知の親友、阿見春馬。
春馬には、中学生の頃から付き合っている、四つ年上の恋人がいた。
その恋人が、フランスに留学した。
春馬は、高校を卒業したらすぐにフランスに行きたいと言っていた。
春馬の恋人の態度が、どうにも腑に落ちない空知は、春馬がフランスに行くことに反対していた。
不誠実なその恋人に、春馬に対する真心が感じられなかったからだ。
春馬が恋人を追ってフランスに行くことは絶対反対! もし行くのならば絶交だ! と春馬には宣言してあった。
でも、春馬は行ってしまった。
この日、空知にかかってきた電話は『フランスに行く』という、春馬からの最終報告だった。
「絶交だ…… 」
そう言いながら、空知は傷ついた顔をした。
入学式を無事に済ませた、空知と海人は、それぞれの授業と課題に追われ、忙しくしていた。
それでも、家に帰ればお互いが要る、思う存分、自分の欲に従った。
欲望のままに抱きあっては、お互いをむさぼる、それは、それは、充実した日々を送っていた。
そうしているうちに、一か月近くが過ぎて、ゴールデンウィークがやってきた。
「帰ってらっしゃい! 」
という、母 久美さんの一声で、空知と海人はゴールデンウィークに実家に帰ってきた。
「おかえりなさい! 」
実家に帰れば、可愛い兄弟たちが大喜びで迎えてくれた。
手を引いて、家の中に迎え入れてくれる。
小さい兄弟たちは、少し見ないうちに、大きくなった気がした。
「かい、おかえり」
波千が、うれしくてたまらないと言った顔でそう言った。
「そら、おかえり」
陸が、足にしがみつきながら、そう言った。
「ただいま」
海人は、波千の頭を撫でた
「はい、お土産」
空知は、足に陸をくっつけたまま歩いた。
「うわぁ♡ ありがとう」
土産を渡すと、波千と陸は、大喜びで受け取った
「沢山買って来たぞ、風花と波千、陸はなにがすきかなぁ」
海人が、少し遠くから、こちらをうかがいみている風花に手招きした
「なちねぇ、クッキー」
「りくは、チョコ!」
弟たちは、素直に教えてくれたが、風花は口を尖らせた
「もう、わたし、そんなお子様じゃないんだから!」
妹の風花は、いつの間にか大人に近づいたらしい。
家族に迎えられ、久しぶりの実家は、懐かしく、温かかった。
実家に帰省した次の日、弟たちにせがまれて、海人と空知は、テレビゲームをしていた。
インターフォンがなって、久美が応対に出てしばらくすると、初老の男性を連れて、リビングにやってきた
「お久しぶりです、空知さん」
その人は、春馬のおじいさんと、空知が思っていた人だった。
「急にお邪魔してしまってもうしわけありません」
「いいえ、ご無沙汰しています…… 」
どうして、春馬のおじいさんが、空知に会いに来たのか……。
老人は、栄に名刺を渡すと、空知にも名刺を差し出した。
名刺には『弁護士 辻角羽矢人』と書かれていた。
辻角老人は、久美にすすめられたソファに座ると、空知を見た
「不躾で申し訳ありませんが、春馬さんから何か、連絡はなかったでしょうか」
空知は、違和感を覚えて、戸惑いながら答える
「あっ、フランスに行くって、四月の初めに電話がありました」
辻角老人は、慌てた様子で、空知に重ねて聞いた
「正しくは、四月の何時かわかりますか? 」
「引っ越した翌日だから、三日」
空知は、辻角老人の様子を、不安におもいながら、正しく思い出そうと、首をひねった
「そうですか、その電話は、きっと、フランスからでしょう」
辻角老人は、ツっと視線を外して、自分の手を見た
「へ? 」
「春馬さんは、三月十日に、渡仏されていますから」
ゆっくりと、深いため息と一緒に、辻角老人はそう言った
空知は、居住まいを正して、辻角老人の向かいに座り、海人は空知の隣に座り直した。
栄さんは、少し離れた場所に座っていたが、久美さんは幼い兄弟を連れて、キッチンに移動していった。
「実は、春馬さんと連絡が取れなくなりまして、もしかして、空知さんなら、居所を知っているかと思い……」
空知は、食い気味に質問する
「どういうことですか? 春馬は『やっぱりフランスに行くって』電話で、そう言っていた、あの電話は、春馬のスマホからかかってきた」
「先日、土井君と日本で会いました」
「土井君? 」
「春馬さんの恋人、フランスに留学したはずの人です」
辻角老人の言葉に、空知は瞬きも、呼吸も忘れてしまった、上手く理解できなかった。
(春馬と、フランスで一緒に居るはずの、春馬の恋人に、日本で会った? じゃぁ、春馬は? )
「春馬さんには、日本に居られない理由がありました」
辻角老人の話は続く。
阿見春馬は、私生児だった。
母が一人で産んで、育てていた。
お嬢様育ちだった春馬の母は、春馬を育てるために、夜昼なく働きつづけ体を壊した。
そして、春馬が小学校三年生の時に亡くなった。
その後、春馬は施設に預けられていた、そこで出会ったのが、恋人 土井だ。
その後、春馬の祖父 阿見吉富が春馬を探し出し、しばらく一緒に暮らした。
春馬を探し出した時には、祖父 吉富は余命を宣告されていた。
吉富は資産家で、多額の財産が有った。
その遺産は、吉富の遺言により、全て春馬に相続された。
春馬が見つかる前まで、吉富老人の財産がもらえるとおもっていた親戚たちは、春馬を煙たがったり、逆に後継人に成ろうとするものが現れた。
皆、全て、財産目当てだ。
当時、十六歳だった春馬の為に、吉富は、辻角弁護士を後継人に任命した。
辻角羽矢人は、吉富にとって、信用のおける親友で、弁護士だった。
辻角老人に全てを託して、亡くなった。
辻角弁護士は、春馬引き取り、春馬の財産を狙うものから守っていた。
辻角弁護士の子供たちは、すでに独立していて、妻と二人、寂しく暮らしていた家に、春馬がやってきた。
辻角の妻は、わが子のように春馬を可愛がった。
春馬も、辻角夫婦を信頼し、本当の家族のように甘えていた。
だが、冬に辻角の妻が転倒し、怪我をした。
けがをさせたのは、春馬の後継人に名乗りを上げていた、阿見家の者だった。
春馬は、もう辻角夫婦に甘えてはいけないと思い。
日本を離れ、海外に行く決心を固めてしまった。
タイミングがいいのか、悪いのか、恋人が、『フランスで待っている』と春馬に囁いた。
春馬は、恋人を頼って、フランスへ旅出っていった。
だが、恋人は、春馬を待たずに、日本に帰国していた。
異国の遠い国で、春馬は一人ぼっちになった。
そして、空知に電話をした。
空知は、上手く呼吸ができずに、喉を掻きむしった。
「空知! 」
隣に座っていた、海人が気付いて、空知の背中をさすった。
「こんな話を、申し訳ない」
辻角老人が、恐縮して、頭を下げた
「いいえ、大丈夫です」
空知の代わりに、海人が答えた。
「春馬と連絡が付いた、最後の連絡先を教えてください」
海人がそう言うと、辻角老人は、フランスの小さなホステルの住所を教えてくれた。
辻角老人は、栄さんと少し話をして、帰っていった。
空知は、辻角老人が書いてくれた小さなメモを握りしめていた。
「空知」
海人が呼びかけると、空知は僅かに顔をあげた。
「どんな気持ちで、俺に、電話かけて来たンだろう…… 」
海人には、答えられない代わりに、空知を抱きしめた。
いつの間にかそばに来ていた風花も、海人と同じように空知を抱きしめる。
波千と陸は、かわるがわるに頭を撫でた。
空知は、自分の家族の温かさに、涙がこぼれた。
この暖かさを、春馬は知らずに、たった今も異国で一人ぼっちで居るのだと思うと、余計に涙が止まらなかった。
実家では、空知と海人の部屋は、それぞれ風花と波千の部屋になっているので、二人は客間に寝ていた。
その日は、兄弟全員で、客間に布団を並べて寝た。
小さな兄弟の温かい体温が、空知を安心させた。
一晩ゆっくり眠ったあと、空知は春馬に手紙を書いた。
手紙を書くのはとても難しかった。
海人と相談しながら、何度も書き直した。
何度もやり直して、やっと書き上げた手紙を投函して、ゴールデンウィークは終わってしまった。
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