夏の始めは、塩素の匂い

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 朝の体育館は、ピンと冷たい空気が張り詰めていて心地いい、 倉庫の中から、バスケットボールを取り出すと、海人は、ドリブルの練習を始めた。  床にバウンドするボールの音が、天井まで響いて、リズムを刻んでいるようだ。  しばらくすると、メンバーがちらほらと集まり始め、準備体操や、柔軟を始める。 「海人、早いな」 「ほんと、珍しぃ」 「雨でも降るんじゃねぇ」 チームメイトは口々に勝手なことを言う、まぁ今日は確かに、早く来たけど……  基本のパス回しの練習と、シュートの練習を始める。 「あっ、アイツ、また…」  そう言って、体育館の入り口を振り返る、チームメイトにつられて、そちらを見ると、空知が何人かの女の子と話をしていた。 「アイツ…モテるよなぁ」  確かに、空知は複数の女の子と、よく楽しそうに話している、その姿も自然で、人を引き付けて、発光しているように、海人には見える。  いつも、皆に囲まれて、物腰も柔らかく、男女問わず親切で、自慢の弟だ。  いつもの風景なのに、改めて確認すると…海人の胸の真ん中がザワザワした 「おい、海人。お前、空知に言っとけよ」 「何を?」 「数少ない、バスケ好きな女の子まで手を出すなって」 そうだそうだと、チームメイトみんな同意見のようだ。 「あぁ…… うん……」 海人は歯切れ悪く、返事をした。  チームメイトの言葉としてなら、もしかして伝えられるかも…… 『女の子と、楽しそうに話してンじゃねえ!』想像して…… 癇癪をおこして、嫉妬している、その姿に、海人は両耳をおさえてしゃがみこんだ。 「…… 海人、大丈夫か?」 チームメイトの木戸達彦(きどたつひこ)が心配そうにのぞき込んだ。  しゃがみこんだ海人と、木戸を見て、空知の隣で見ていた女の子が小さく悲鳴を上げた。  空知は面白くなくなって、小さく舌打ちすると、体育館から離れた。  高校生になって、バスケ部に入ってから、海人の背はぐんぐん伸びた。  ほとんど同じだった身長は、いつの間にか海人の方が大きくなってしまった。  筋肉もついて、バスケのユニホームから見える腕や足がすらりと伸びた。    それなのに、たまに見せる、あの子供っぽい仕草が、なんとも言えないギャップがあり、女子をグッとさせるらしい。  今、体育館を覗いていた女子も海人を見に来たのに間違いない……。    そもそも、海人のファンが増えていることなど、海人自身は全く分かっていない。    空知は、癖になってしまっているため息をまたついたた。  きっと、あの木戸は、空知と同じ気持ちで海人を見ているに違いない、同種の思いを持つ同志は、何故かわかってしまうものだ。  海人を気遣うフリで、距離を詰めているだろう木戸に、イライラしながら、後ろ髪を引かれる思いで、渡り廊下を歩く。  後ろから、思い切り背中を叩かれて、前のめりに一歩よろめく。 「おはよ」 振り向くと、友達の阿見春馬(あみはるま)が片手をあげて立っていた。 「おぉ」 二人で並んで歩きだす。 「体育館見てきたの」 「おぉ」 「海人、朝練?」 「そっ、昨日…キスしたから避けられてる」 「えーーー!」 空知は春馬の口を押えて、無言で睨みつけた、 春馬は目を見開いたまま、空知を凝視している。  二人は無言のまま、人の来ない廊下から続く、涼しいバルコニーに出た。 「声がデケェ」 「ごめん、あまりにも驚いて」  高校に入ってから友達に成ったこの春馬は、大学生で、同性の恋人がいる。 四つ年上の彼氏と、中学生の時から付き合っているらしい。 一年生の時に同じクラスになり、何も言わないのに、同類だと判断されて、カミングアウトを受けた。 そして空知も、海人に思いを寄せていることを話した。  お互いの好きな人を知っている、いわゆる親友というヤツで、恋人のいる春馬に、空知はいろいろな相談をしていた。 「まだ、告白しないんじゃなかったの?」 「告白は後からした…」 「いや、何ソレ、ケダモノ!」 春馬は両手で自分を抱えて、空知を軽蔑したように上目遣いで、にらみつけた 「だって…… あんな可愛い顔で、あんな至近距離で見つめられたら、理性なんてぶっ飛ぶって」 「そこ、飛ばしちゃ、ダメだろ」 「そう、なんだけどォ…… 」 「で、どうだったの?避けられてるって、気持ち伝えたの?」 「あー――、伝えたけど…伝わったかなぁ、それを確認しときたいんだけど、逃げられた」 「同じ家に帰って、同じ学校来てるんだから、逃げるとこないだろ」 「いや、意外と二人きりになれる時間は少ないんだよ」 「空知、後悔してんの?」 「それが、してないんだ…… いい加減、動き出したい」 空知の言葉に、春馬はあきれた顔をして、やれやれと首と振った。 「なんか、海人がかわいそうになってきた」 「なんで?」 「おまえはさぁ、準備万端整えてきたじゃん、まさしく、虎視眈々…… でもさ、海人は全然知らないんだろ、なのに急にフルスロットルで飛ばす空知に引きずり込まれるんだよ」 「引きずり込めるかなぁ、逃がす気はないんだ」 「…… 知ってる、まぁ、考えてやれよ。大切なんだろ」 「うん」  海人が、朝練を終えて教室に入と、ぐるりと教室を見わたした。 いつもの通り、空知の席の周りは、人垣ができている。 あんなに、たくさんの女の子に囲まれているのにどうして、昨日は…… そこまで考えて、 海人はプルプルと頭を振って、雑念を追い払った。  自分の席に着く前に、もう一度、空知を見る、空知もこちらを見ていて、ばっちり目が合ってしまった、慌てて視線を外す…。  その日は、一日中空知から逃げ続けた。
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