夏の始めは、塩素の匂い

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 イチャイチャするための作戦会議は、なかなか同意に至らなかった。 どうしても、詳細まで決められず、とりあえず概要をまとめることにした。  二人で決めた約束は、同じ大学に通い、下宿する。  実家を出るまで、家での恋人同士の触れ合いは最低限に抑える。  1日10分は絶対に、二人の時間をつくる事。 …… になった。    空知としては、大変不服だったが、今日の所は、海人の言うとおりにしておいた。  今の所、海人の機嫌を損ねない方が得策だったし、これから、交渉の機会がありそうだし、何より。 海人の耳まで真っ赤になったうなじに、みとれてしまって、取り敢えず頷いた。  自分の部屋に帰ってきた空知は、フッとため息をついた。  今日、起こった出来事が、夢の中の出来事のように思えたからだ。  急に不安になって、ぐるりと周りを見わたした。 いつもの自分の部屋…… 昨日とほんの少しも違うところは無い。  ごくりと唾を飲み込むと、その音さえやけに大きく聞こえた。  自分の部屋を出て、海人の部屋をノックする。 「どうぞぉ」 中から海人の声がする。 ドアを開けて中を覗くと、海人が、椅子に座ったまま、こちらを振り向いていた。 「空知、どうしたの?」 空知はドアを閉めると、海人の前に立った 「海人…」 心細げな空知の様子に、海人が立ち上がった 「なぁに?」 「さっきの、夢じゃないよね…」 海人は、空知の顔を覗き込んだ、部屋のドアが閉まっていることを確認すると、 空知にグッと近寄って、頬と頬がくっつきそうなほど近づいた、 そのまま空知の耳にささやくように言った 「もちろん夢だよ」 「え?」 「空知が好きだよ」 ささやかれた言葉も、息遣いも、耳から伝わって、脳みそをしびれさせるように響いた。 グラグラする頭を抱えながら、これはだいぶヤバい…と思った。 「…キスしよ」 熱い何かに触った時のように、海人が離れた 空知から距離を取って、一歩後ずさった 海人が開けた分の距離を詰めて、両手を繋いだ 指を絡めて、親指の腹を優しく撫でる 「お願い、ちょっとだけ、軽いのだけ、一回だけ、すぐ離れるから」 「ちょっと空知…」 上目使いで、のぞき込んでくる空知の可愛さに、 やっぱり、しっかりルールを決めなくては…と、焦るような気持ちで思った。 考え込み、迷っているうちに、海人の耳をスイっと撫でられた 目を合わせてしまえば、もう逃げられない …結局、ついばむような優しいキスを何度も繰り返した。 「俺、海人が好き」 キスの合間に、空知が何度もそうささやくの で、二人のキスはなかなか終われなかった。  二階に駆け上がってくる、誰かの元気な足音が聞こえるまで。
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