夏の始めは、塩素の匂い

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 誰かの元気な足音をやり過ごしてから、空知はこっそり自分の部屋に戻った。  少し考えてから、スマホを取り出した。  一度考えてから、息を大きく吸い込んだ、目当ての相手に電話をかける。  何コール目かで、つながった 「もしもし?」 「もしもし、美桜さん」 美桜は、空知の産みの母で、今は、新しいパートナーとブドウ園を営んでいる 「空知?何かあった?」 「いや…何もないんだけど、今度遊びに行っていい?」 「いいわよ、今年のぶどうは美味しくできたの、お土産もいっぱい持って行って」 「ありがとう、あのさ、来週水泳の大会あるから、時間があったら見に来てよ」 「うん、行く予定よ」 「うん、あのさ…俺、自分に正直に生きること、割と怖くないんだ。 多分…美桜さんがそうやって見せてくれたからだと思う。 …美桜さん、幸せになってくれて、ありがとう」  電話の向こうからは何も返ってこなかった。  しばらくすると、美桜と一緒に暮らしている、パートナーの熊谷さん、通称『熊』の声が聞こえた。 「空知、お前、また美桜さん泣かせてるぞ」 「あぁ…そっか、ごめん…じゃあさ、頼むよ、熊…」  電話の向こうで、熊が何やら考え込んでいるような間があいて、慌てて、咳ばらいをした。 「…わかった、もうすぐ収穫時期が来るから、また、手伝いに来てくれよ、海人も連れておいで、アルバイト代だすから」 「わかった、相談しておく」 通話を切って、スマホをポケットにしまう。 両手で軽く頬を叩いて気合を入れる。 「海人~、空知~、ご飯よ~」 階下から、久美さんの呼ぶ声がした。  空知は、いそいそと海人を誘いに行った。 しばらく、このそわそわしたような、腹の底がくすぐったい感じは、納まりそうにない。
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