彼ジャージ

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彼ジャージ

 夏休みに入った、最初の水曜から、海人のバスケの地区大会がはじまった。  その日は、母・久美さんに予定があり、家族は応援にいけなかった。 空知だけが、家族代表として応援しに行くことになった。  長年の想いを伝え合い、先日ようやく恋人同士になった、海人と空知だったが、二人の時間は全く取れず。 それでも、ほのかな甘い空気がただよう、そんなうれし恥ずかしい時間を共有する日々だ。  家族の目を気にせず、じっと海人を見ていてもいい、この日を空知は、楽しみにしていた。  といっても、海人は学校から、チームメイトと一緒に大会会場に移動するので、空知は一人で電車移動。  デート気分とまではいかないが、それでも楽しい。  空知は、試合開始時間までに会場につけばいいので、のんびりと歩いて行く。  会場につくと、キョロキョロと海人のチームメイトをさがす。  応援席は、体育館の二階になっているので、上から探すことにした。  階段を登り切って見ると、よく知ったユニフォームの一団が、向かい側のコートに集まっていた。  確認するため、手すりに近づき、海人の姿を探す、 乗り出してよく見ようとした時、不意に輪の中の一人が振り返った。  それが、海人だった。  真っ直ぐに目が会うと、嬉しそうに笑って手招きをしてくる。  空知は、頷いて、階段を降りて、会場の入り口に急いだ。  入口に着くと、海人もこちらへ走ってくるところだった。  手に、ジャージの上着を持っていた。 「次の試合が、俺らだから、向こうのゴールの後で見てて」 海人は、ゴールの後の観客席を指差した 「うん、わかった」 「それから、コレ」 海人は、手に持っていた上着を空知に渡した 「寒かったらソレ着て」 「わかった、ありがとう」 「おぉ」 そう言うと、海人はまた、走ってチームメイトのところに戻った。  後ろ姿をみおくりながら、頑張れって言えなかったなぁと、少し残念に思った。  空知は階段をあがって、海人が指差した方に向かった。   応援席の空いているところで、コートがよく見える場所を探して座る。  冷房が良く効いていて、汗をかきながら歩いてきた体には、少し寒かったので、さっき海人から受け取った上着を、ありがたく使わせてもらうことにした。  海人は気が利くなぁと思いながら、袖を通す。  同じ柔軟剤を使っているはずなのに、海人の匂いがして、少しドキドキした。 「やだぁ、びっくりした、空知じゃん」 急に声をかけられて、そちらを振り向くと同じクラスで、よくバスケ部の練習を見に来ている、松元のどか が立っていた。 「松元も見に来たの?」 「まあね」 そういいながら、のどかは迷わず、空知の隣に座った。  コートでは、ならし練習が始まっていた。 「その上着、海人君が着てろって?」 「え? あぁ『寒かったら着とけ』って」  「そうなんだ」 のどかは、意味ありげにニヤニヤ笑った 「何だよ」 「うふふ…… 選手の上着着る意味知ってる?」 「…… 意味あるの?」 のどかは、もったいぶってから、斜め前に座っている、女の子を顎で指した 「あの子も着てるでしょ」  確かに、その子も空知が来ているのと同じデザインの上着をはおっていた。  空知が頷いて答えると、のどかは満足そうににんまり笑った。 「あの子の背中はT.SUGIURA、杉浦君の彼女です」 「は?」 「ここで、選手の上着を着て座っている子は『俺の女に手を出すな』もしくは『そのカッコイイ選手は私の恋人ですよ、好きになっても無駄ですよ』って意味なの」 「うん…… え?!」 「そう、君は今『俺は月島海人君の恋人ですよ』という感じでここに居ます」 空知は思わず立ち上がった。  やっぱり楽しそうなのどかは、空知の手を引いて、元の席に座らせた。 「大丈夫、私もだから」 そういって、のどかはN.TASAKIと書かれている上着をふわりと肩に羽織った 「海人君が、着て良いって言ったんでしょ、だったら堂々としてればいいよ、海人君、最近やたらとキラキラしてて、他校の女の子までキャーキャーいってるから、ここで虫よけしとかないとね」 「え? モテてるの?」 「そりゃそうでしょ、スタイルいいし、プレイスタイルはスマートだし、優しいし、仕草が時々幼くて、そのギャップでキュンキュンしているJK、沢山います」 のどかからの情報が多すぎて、頭の中は真っ白だった。  まず、とてもよく、のどかが、海人の事を見ていること。  次に、海人の魅力が、他校の生徒にまで広まってしまっていること。  最後に、知らずにとっていた行動に、深い意味があった事。  深く考えなくてはいけない事ばかりなのに、理解が追い付かず、すぐに答えを出せそうにない。 「…… とりあえず、脱いだ方がいい?」 「海人君は着てほしいんじゃない? その為に渡したンだから」 「でも……」 「私はいいと思う。  知らない人になんか言われても、もう会わない人まで気にしてられないし、知ってて何か言ってくる人なら『寒いから、貸してもらった』って言えばいい、空知君は嘘いってないもん。 胸を張ってここに居れば、誰もなにもいわないはずよ」 空知はしばらく、のどかの横顔をじっと見た 「…… やめてよ、穴が開いちゃう」 のどかは、空知を振り向かずにそう言った 「松元…… それってさ」 「私、そう言うの鋭いの、どんな視線で空知君が海人君を見ているのか、その逆もわかっちゃうよ」  空知は言葉を失って下を向いた 「大丈夫、私がいるわ、私もここで『あの人の恋人は私ですよ』アピールする。一人でいるよりずっと心強いでしょ」 「……誰かじゃなくて、松元なことが心強い」 のどかは楽しそうに笑って、今度は空知の方をしっかり見た 「試合が始まったら、気にならなくなるわ、滅茶苦茶カッコイイから、精一杯応援しよ♡」 「……うん」  ふいに何かを感じてコートを見ると、やっぱり真っ直ぐにこちらをみている、海人が居た。 軽く手を振って答えると、海人が優しい顔で笑って、そのまま、隣に座っているのどかに頷いて見せた。  海人の隣で、田崎が何かを耳打ちしていた。  海人が、驚いた顔で田崎を振り向いた。  田崎はかまわず、のどかに投げキッスをして見せた。 「あぁ、もう馬鹿なんだから」 そういってのどかは、顔を隠していた。  のどかが言っていたように、試合が始まると、そのスピーディーな展開と、アクロバティックなプレーに翻弄されて、夢中になっていた。  海人が敵陣の裏をかいて、田崎に短いパスをおくった、そのボールを田崎は相手のガードより高く飛んでゴールに押し込んだ。 「田崎君、カッコイイね」 「そうでしょ、坊主だけどね」  ゴールが決まる度に、隣ののどかとハイタッチしたり、歓声を上げて楽しんだ。  試合結果は、ぎりぎりだったが勝利した、明日も、この会場で試合が行われることになったので、のどかと明日の約束をして、連絡先を交換した。    試合後、海人たちは明日の連絡を受けて、その場で解散になった。  のどかが、田崎を待って一緒に帰るというので、空知も一緒に待っていることにした。 「おまたせ~」 チームメイトと別れた田崎が、のどかの所にやってきた 「お疲れ様!」 のどかが片手をあげて答えた。 田崎は、二人のところまでくると、のどかの肩に腕をまわした。 「空知、試合楽しかった? 俺、カッコ良かっただろ」 「うん、松元さんも田崎のこと『カッコイイ』って言ってたよ」  空知がそう言ったとたん、田崎は隣ののどかを、びっくりした顔で見つめた。 「え?! うそ!まじで!! そういうことはちゃんと俺に言えよ」 「ちょっと!空知君!!いい加減な事言わないでよ!!」  べたべたとからもうとする田崎を、のどかは冷たくあしらっていた。 「……ごめん」 親切にしてもらったのどかに申し訳なくなって、空知は小さな声で言った。 空知の方をチラリと見て、頬を赤くしたのどかは 「もう、帰る!」 そういって、行ってしまった。  後を追い掛けて行く田崎は、空知の背中をバシッと叩いて、ニッと笑って行ってしまった。 「空知、待っててくれたの? 帰ろっか」 海人が鞄を肩にかけ直しながらやってきた。 「うん、帰ろ」 空知は、海人の隣を同じ速度で歩いた。 「あのさ…… 」 「うん」 「上着……そういう意味だった?」 「空知はどこに居ても目立つから、牽制した、空知のこと好きになってもダメだよって言いたかった」 隣を歩く海人の、真っ赤に染まった耳を見ながら、なんだかすごく満たされる。 「じゃあ、明日も貸して」 返事の代わりに、海人は空知の頭を撫でた。
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