明るい朝は、トーストの匂い

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 次の朝、父さんが俺たちを起こしに部屋に来た。  くっついて寝ている俺たちを見て、父さんが海人にありがとうって言ってた。 「空知、明後日のよる流星群がよくみえるんだって…… それをブドウ園に見に来ないかって」 「うん、ブドウ園の熊から電話があったの?」 「あぁ…… 行く? 海人君も一緒においでって言われたんだけど」 あっ、俺まだ海人に説明してなかった。  慌てて、海人に振り返ったら、海人はやけに男前な顔をしていた 「行きます」 はっきりと海人はそう答えた なんだかすごくカッコよく見えて、まじまじと海人の顔を見てしまった 「海人君、ブドウ園っていうのは…」 父さんが困って、説明しようとしていた 「知っています、空知から聞きました」 「海人君は無理に行くことないんだよ」 「行きたいんです」 「そうか…久美さんに確認してみよう」 「お母さんがなんて言っても、僕は行きます」  ダイニングでは久美さんが朝ごはんの準備をしていた、俺たちが階段から降りてくるのを見て、海人の顔をじっと見ていた 「久美さんあの…」 父さんが話し出そうとするのを、海人が遮った 「お母さん、僕ブドウ園に行ってくる。」 「そう…… 決めたの? 」 「決めた」 海人は、怒ったみたいに、久美さんを見ていた。 久美さんは、みんなのグラスにオレンジジュースをついでから、ゆっくりと椅子に座った。 「…食べましょう」 父さんと俺が動けずにいると、海人が久美さんの前の席に座った 「僕、空知を助けたい、だから…」 「うん、わかってる、思うとおりにしていらっしゃい、でもお行儀は良くして」 「…それも、出来るかわかんないけど、精いっぱい努力する」 久美さんはクスクス笑っていた 「努力してくれるならいいわ、結果がわかったら電話して頂戴」 「…わかった」 二人のその言葉が足らないような、俺と父さんにはわからないような話し合いはそれで終わった。  父さんと俺は、おずおずと椅子に座って、小さく『いただきます』をして朝ごはんを食べた。      その日、俺たちは泊まりの準備をして、熊が迎えに来てくれるのを待った。 「海人…あのさ、本当にいいの? 俺が、あんなに泣いたから、海人心配して…」 「うん、心配。でも、それより空知が大事だから、空知の味方として、一緒に行く」 「味方?」 「そう、味方。だから、何があっても大丈夫なんだ、空知が思ってること、全部賛成」 海人があんまり頼もしい顔で笑うから、思わず見とれて頷いた。  夕方になって、父さんと久美さんが、いつもより早く帰ってきた。 それから、いくらもしないうちに、母ちゃんと熊が車でやってきた。  インターホンが鳴って、俺たちを置いて、父さんが先に玄関に出ていった、しばらく何かを話して、それから俺たちが呼ばれた。  俺たちの後ろからやってきた久美さんをみて、母ちゃんと熊が頭を下げた 「熊谷誠太郎(くまがいせいたろう)です、美桜(みお)さんと一緒に暮らしている者です。 今日は僕たちのわがままを聞いていただいて、ありがとうございます、息子さんは、責任を持って、預からせていただきます」 美桜というのが母ちゃんの名前だ。 「はい、ウチの海人まで、お世話になってしまって申し訳ありません」 久美さんは、丁寧に頭を下げた。 「そんな、とんでもないです!久美さんには、嫌な思いをさせてしまって、本当にすみません」 母ちゃんは、慌てて、手を振りながら、ペコペコと頭を下げた。 「いいえ、どうぞよろしくお願いします」 久美さんは優しく笑って、俺たちの背中をそっと押してくれた。  振り向いたら、久美さんの眼が潤んでいるような気がして、黙って居られなかった 「久美さん…流星を見たら、帰ってくるね」 「うん、待ってる、流星群のこと話してね」 久美さんは俺の頭を撫でてくれた、横に居る海人は、久美さんに、大きく一つ頷いて見せた。  何故だか、父さんが握手を求めて来たので、俺と海人は順番に握手した。  車で一時間弱の場所に、ブドウ園はある、ブドウ園の奥にある、大きなウッドデッキのついた丸太小屋で、熊と母さんは暮らしている。  海人は、熊の事は『熊さん』、母ちゃんのことは『美桜さん』と呼ぶことにしたらしい。  その日の夜は、久しぶりに母ちゃんのハンバーグを食べた、美味しかった。 ブドウ園の風呂は、熊の手作り、窯で火をたいて沸かすタイプ。 母屋の横の小さな小屋の中にある。  今日は、海人と二人で入った。 大きな浴槽なので、二人でバタ足の練習をした。 ずいぶん、お湯が少なくなったのを見て、海人が青くなっていた。  熊に泣きそうな顔で謝っていたけど、熊は楽しそうに笑ってた「楽しんでもらえてよかった」って。  風呂を上がってから、花火をした。 大きな音が鳴る打ち上げ花火もした、最後は線香花火で、誰が一番長く持っていられるか競走した、熊が一番に負けて、一番長持ちしたのは海人だった。  花火が終わってから、母さんがココアを入れてくれた、熊は内緒だぞって『とっておきのチョコレート』を食べさせてくれた。 ブドウ園のお泊り会は、キャンプみたいで楽しい。  俺と海人はロフトに布団を引いてもらって、二人で寝ることにした。 熊と母さんに『おやすみなさい』をして、二人が、寝室のドアを閉める音を聞いてから、海人がこっちを向いて目を開けた、暗闇の中で、海人の眼の白さが浮き上がって見えた 「空知…」 「なぁに?」 「空知は、熊さんの事嫌いじゃないんだね」 「うん、嫌いじゃないよ」 「好き?」 「…それは、わからないや」 「うん、そうだね…」 「…海人は大好き」 海人が笑った気配がした 「僕も、空知が好き」 そう言ってもらうと、左胸のあたりが大きくなって、くふくふと笑いがこぼれる 「栄さんも、美桜さんも好き?」 海人は自然に、当たり前の事みたいに聞いた。 ザワザワとした、海人の声が強い意思を持って、何かを決めようとしている気がした。 何が正解かわからない… 「…わからない」 さっき温かくなった左胸が、ずきりと痛んだ 「………考えると辛い?」 考えても、どうしようもないんだ…母ちゃんは、夢見る男が好きだから。 海人の、暗闇に光るような眼を見ていた、目が離せなかった。 「考えても、わからないんだ…好きでも、嫌いでもない。 ただ…楽しくしててほしい、辛い顔はもう見たくない」 海人が息をのむような気配がした、かぶっていた布団ごと海人にギューギューに抱きしめられた 「空知! 絶対何があっても、僕が味方だ! 忘れんなよ」 海人の匂いがして、胸がいっぱいになった。 あぁ…海人といたい、ずっと一緒に居たい。 「…うん、ありがとう」 そう言うだけで精一杯だった、鼻の奥がツンとして、泣きそうなのをグッとこらえた。  自分でも上手く説明できない、この感情を海人には、わかってもらえるだろうか。 「おやすみ空知」 海人は俺を抱きしめたまま、背中をトントンとしてくれた、海人の手の温かさに、そのまま眠りに落ちた。
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