明るい朝は、トーストの匂い

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 ブドウ園では、トマトやトウモロコシなどの他の野菜も育てている。 朝は早起きして、その野菜の収穫を、手伝う約束をしていたので、俺たちは、熊にたたき起こされた。 海人は、野菜の収穫を、したことが無いらしく、とても楽しそうにしていた。 「海人!トマトってこんなに匂いがするんだね」 トマトの匂いを嗅いで驚いていた。 暗いうちに取ったトウモロコシはすぐにゆでてもらった。  朝ごはんは、俺たちが取った野菜が並んだ、 ゆでたてのトウモロコシを食べて、海人はまたびっくりしていた。  ぶどうの手入れを手伝って、昼近くなって暑くなると、ブドウ園の近くの小川で水遊びをした、水着は持ってなかったから、服のまま遊んだ 熊と三人で、水浸しになって帰ったら、母ちゃんに怒られて、風呂へ入れられた、昨日の残りのぬるま湯につかって、三人でまたはしゃいで、また母ちゃんに怒られた。 母さんは、ひとしきり熊に怒って、風呂を沸かし直してくれた。  風呂から上がって、熱い体を冷ましながら並んでアイスを食べていた。 「はぁ、面白かった」 熊がしみじみと言った。 「空知、俺に聞きたいことない?」 熊の声が、俺のすぐ横に落ちてきた。 俺は困惑して、熊を見て海人を見た。 「その言い方はズルいです」 俺の代わりに海人が答えた。 「あぁ…… そうだな。」 熊は、食べ終わったアイスの棒を、ゴミ箱に投げ入れた。 「俺はね…… 空知がよかったら、この家で一緒に暮らしたい。 君から、お母さんを奪った、負い目もあるけど、君が息子だったら、誇らしい。 美桜さんは、君をとても大切にしているんだ、君のお母さんで居たいと思っている、でも…… 君の重荷になるんじゃないかと心配してる。 君に…… 重たい決断をさせる。 空知、君を一人前の男と見込んで、この決断を君に託したい。 栄さんと一緒に暮らすか、僕たちと一緒に暮らすか、選んでほしい」 ゆっくり話終わった熊は、俺を見た。  アイスを食べ終わった海人が、きちんと背筋を伸ばして、俺に向き直った。 アイスに意識が行かなくなった俺の手に、溶けたアイスがどろどろと落ちた。 「空知、僕と母さんが、空知と栄さんに関わったことで、空知に辛い思いをさせてるなら…… 無かったことにしよう。 僕たちは、又…… 元の生活に戻ればいいんだ。 今のこの生活は『お試し』なんだ、やってみてダメだったら辞めればいいってことなんだ。 誰かの為じゃなくて、空知はどうしたい?  空知の気持ちが、一番楽な方法がいいんだ。 僕も母さんも、栄さんも、多分熊さんと美桜さんも…… 空知が好きだから」  いつの間にか来ていた母ちゃんが、お盆の上にスイカを乗せて、立っていた。 「海人君はどう思っているの?」 母さんは、僕らの前にお盆を置いて、そのままその場に正座した。 「僕は…」 「新しい家族になってもいい?」 優しい声で母ちゃんが海人に聞いている、海人の視線がふるふると揺れて、幼い顔になった。 「栄さんは…… お母さんにとって、頼れる人なんだと思っています」 「海人君にとっては?」 海人が戸惑って、泣きそうな顔で首を横に振った。 「待って、海人に無理に求めないで」 急に思ったんだ、海人を傷つけたくない。 海人は、いろんなこと、きっといっぱい考えて、俺に寄り添ってくれようとしてるんだ。 だって、いつだって海人は優しく俺の背中をなでてくれるから…… 俺のせいで責められはいけない。  「そうだね…… 大人の都合のいい答えを、君たちに求めるのは間違っている」 熊がしみじみといった、そして大きく息を吸った、熊の体が一回り大きくなったみたいだった。 「君たちは…子供なんだけど、子供のままじゃいけないと思っているんじゃないだろうか…大人の事情に振り回されて、我儘も、自分の気持ちも言えなくなってるよね。 今、出来ることなら全部吐き出してほしいんだ。 …… まずは、空知から教えてくれないだろうか。 僕らには、君と一緒に暮らす用意がある。 空知は誰と暮らしたい?」  俺は、熊の顔を見たまましばらく考えた。 今考えなくてはいけないんだ。 「俺…… 熊の事は好きだけど、父さんより大事じゃない」 「うん」 「母ちゃんを、幸せにしてくれるなら、そうしてあげて欲しい…… 俺と父さんより、熊を選んだこと…… それが母ちゃんの出した、答えだから…… 受け入れようと思ってる」 海人が俺の手をギュッと握ってくれた。 熊は俺の顔をじっと見ていて、母ちゃんは両手で顔を覆っていた。 「俺が、幸せになる方法はわかんないけど。 海人と、知らない人同士になりたくない、新しい家族になってもいいと思う。 だから、久美さんや海人の気持ちを一番に考えたい、俺がここに来ることを嫌だって思うなら、もう…… 」 「空知」 海人が急に俺の名前を呼んだ、びっくりして海人を見たら、海人が泣いていて、どうしたらいいかわからなくておたおたする。 「空知は優しすぎるよ」 海人がぽろぽろ涙をこぼしながら、俺に一生懸命に話そうとしている 「そんなことないよ、それが俺に都合がいいだけ…… 」  海人があんまり泣くから、海人と手を繋いでいない方の手で、海人の肩をさすった。 「海人は?海人は、俺や父さんの事どう考えてる?」 「僕は…… 僕じゃあできないことがあって…… それを栄さんがやってくれるから、ちょっと安心してた、僕の事ばっかりで、空知の気持ち考えてなかった」 「…海人のできない事?」 海人はコクンと頷いて、ギュッと握った手で涙を拭いていた 「こすったら赤くなるから…」 熊が、ティッシュを、海人に渡してくれた。 「僕を育てるために、お母さんずっと働いてる…笑ってる、一生懸命笑ってる」 「…… うん」 「お父さんが死んでから、お母さん、僕に、わからないように、こっそり泣いてた。 僕じゃぁダメなんだ、お父さんの代わりにはなれない」 「…… 海人が居れば、それだけで楽しいよ、お父さんの代わりになれなくていいと思う、久美さんに聞いてみよう…… きっと、そう言うよ、久美さんの顔見てたらわかるよ」 海人の涙が止まらなくなって、なんだかとても可愛そうになって、俺は海人の顔を隠すように、ギュッと抱きしめた。 「うぅ…空知ィ」 海人が俺のシャツの裾をギュッと握ったのが分かった。 海人も、きっと不安だったんだね…… 俺と一緒だ、急に色々変わって、でも近くに居る人が頑張っているから、それに答えなきゃいけないって、精いっぱいだったんだ。 「そうか…今日、話したことを、帰ったら、お父さんとお母さんに、はなしてみるといいよ。 君たちは、きっと素敵な家族になれる」 熊が少し寂しそうに言った。 「熊…… 今夜、流星を見たら、明日帰るね」 「あぁ…… わかった」  その晩、俺たちは、そろって夜空を見上げて、流星を待った。 母さんも海人も目が腫れていた。 熊が、『これが大人の味だ』と言って、甘いカフェオレを大きなカップにいっぱい入れてくれた。 「これが大人の味?」って聞いたら「自分に一番合っているモノを見つけることが大人だよ」といってウィンクしてきた。  でっかい熊みたいな男だけど、ウィンクはチャーミングだなぁと思った。  流れる星に願ったのは、母ちゃんの幸せだった、俺はもう何もしてあげられないから。
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