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 妻は笑っていたが、手術前の不安はその表情に滲んでいた。  厳戒態勢の病院では、見舞いに行くという行為が禁じられた。入院初日に彼女の着替えや身の回りのものを持って行って、病室を見分したのが最後になった。手術にも直接、立ち会えなかった。  スマートフォンのビデオ通話を、これほどありがたいと思った事は無かったけれど、術後の妻の表情には日に日に生気が無くなり、話す時間も短くなった。 「退院したら、また『ティアドロップ』に行きたいな」  彼女は力なく笑っていた。  担当の女医先生は、がんが浸潤して、肺にも及んでいるのだと告げた。 「こんな時でなければ、面会もできるんですが。ご理解ください」  妻が死んで、もう二年になる。  時節柄、葬儀もろくに出来なかった。すぐに遺骨になって我が家に帰って来た。こんなに軽くなってしまうのか、というのが正直な感想だった。 「お帰り」  言ってみても、返事が来る筈もなかった。
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