#03

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#03

「ねえ、詩音は今どうしてる?」  とにかくそれが心残りだ。あの子の事が分からないと、たぶん私は何もできない。  いい結果でも悪い結果でも、せめてこれだけは聞いておきたい。まあ、悪い結果だと一ヶ月は立ち直れないと思うけど。 「何度か様子を見に行ったけど、何とか立ち直って勉強頑張ってたわよ。最後に見た時は、もうすぐ受験だからってずっと勉強漬け。お姉ちゃんと同じ高校を受けるんだってね」 「そっか、頑張ってるんだね……。ちなみに、どうやって見に行ったの?」 「私は神様だからね。そっちの――日本の最高神に頼んで、ちょっと様子見してたのよ。だから、ルナちゃんは行けないわ」 「そっか……。でも、うん、よかった。詩音は大丈夫なんだね。じゃあ、全く思い残すことがないわけじゃないけど……うん、大丈夫。詩音が頑張ってるんだから、私も頑張って生きる。あ、そういえばあっちは今何月くらい?」 「今だと……二月か三月あたりじゃないかしら。琴音ちゃんがルナちゃんになるまで、けっこう時間かかったから」 「ってことは受験が終わった頃か。詩音志望校受かったかな。受験で緊張しすぎてとかないよね……昔から本番に弱いタイプだったからちょっと心配だな。でももう高校生になるんだし大丈夫かな……」  詩音ももうすぐ高校生になるんだもん、大丈夫だよね。それに私がいなくなってからも、頑張ってたんだから。あの子が出来ないわけがない。だって、私の妹なんだし……。 「……ダメだ、詩音のこと考えたら泣いちゃう」 「それじゃ、気分転換に美味しいものを作ってあげよう。ちょっと待っててね、食材狩って来るから」 「うん……」  寂しいけど、もう考えてもどうしようもないことなのだ。  やっぱりすぐには呑み込めないけど、テミちゃんだってこう言っているのだ。今は、何とか前向きになろう。  そうだ、テミちゃんの作ってくれたご飯を食べて気分転換しよう。 「――かって……もしかして現地調達?」 「そうだよー。やっぱり肉も野菜も新鮮なのが一番だからね」 「その、皮剝いだり血抜きしたりも……」 「そりゃ出来るよー。狩るだけ狩って放置するのは良くないから」 「おぉ、流石狩猟の女神だ」  目の前のゲームでよく見た可愛らしい少女も、本当に女神なんだなぁ。立場がどうのというよりも、空想上の存在だと思っていたから、中々実感が湧かない。  けど、そっか。この子は本物のアルテミスで、私の最推し。  今はまだ推しにファンサを求めるような気分でもないけど、やっぱり嬉しいものは嬉しい。  ……詩音に『推しと楽しくやってるよ』って言ったら安心してくれるかな。 「それじゃあ行ってくるわ。お昼までには戻るから。ちゃんと、大人しく待ってるのよ?」  そう言って、テミちゃんは私の頭をぽんぽんした。 「美味しいもの作ってあげるからね。それと、私はこっちじゃセレネ・アルテミシアって名乗ってるからそれでよろしく!」 「セレネね。わかった。じゃあ、いってらっしゃい」  テミちゃん改めセレネを見送って、私は部屋に戻った。勢い億ベッドに飛び込んで、ぼーっと天井を見つめる。  ……まだ目が覚めて半日もたっていないけど、色々ありすぎて疲れたな。  特に私がどうしてこうなったのか聞かされた時は悲しかったり苛立ったりしたけど、詩音が元気だと聞けたので、これで後腐れなく第二の人生を楽しめそうだ。  まあ、あの子のドレス姿を見たかったとか、入学式で一緒に写真を撮りたかったとかそういうのはあるけど、それはもう仕方ない。私はシスコンを自負しているのでそれは悔やまれるが、悲しいかな物事を割り切るのは得意だ。そうやって生きてきたし。  ――そう思うことにして、私は第二の人生を歩み始めた。 本当に現地調達で食材を集めてきたセレネの手料理を食べてから、私は改めてこの大きな屋敷を探索した。  そしてわかったのは、ゲーム内で所持していたアイテムのほとんどが残っていること。  アバター類はクローゼット、武器や防具、レアドロップ品は宝物庫、いらないドロップ品は地下の倉庫に大量に会った。この邸に地下室があるなんて知らなかった。  後はメイン、サブキャラで持っていたお金がすべてこの国の通貨換算で宝物庫の宝箱にあったり、大浴場があったり、書庫があったり、いろいろ変わっている。  困る要素としては台所の棚に調味料しかなかったり、そもそも屋敷が広すぎて管理できなかったり、その辺だろうか。  まあ、少なくとも食材さえ確保できれば、生活する分には何も困らないだろう。 「ところでさ、この家ってどうしたの?」 「ルナちゃんを転生させるってなってから私が買ったの。まあ、ちょっとした誕生祝ってことで」 「ちょっとしたって……」  少なくとも二~三世帯は一緒に住めそうな広さだし、庭も軽く庭園くらいの広さはあるけど。 「お金は有り余ってるからね。それに、迷惑料も兼ねてるから気にしないで」 「気にするなって言われても気になるけど……まあ、ありがたく受け取るね。ありがとう、セレネ」 「はい、どういたしまして。じゃあ私、この後用事があるから帰るわ。夜にご飯作りに来るから。それと、明日一緒に生活に必要なもの買いに行きましょ」 「うん! じゃあ、帰ってくる? の楽しみにしてるね。行ってらっしゃい」  予定があるらしいセレネを見送って、私は私室に向かった。  とりあえず暑苦しい軍服を脱いで、クローゼットの中にあったオフショルダーのサマードレスに着替える。ファンタジーらしい衣装もいいけど、厚手の生地で長袖の服は流石に暑かった。 「さて……」  着替えたところで、今度は書斎に向かう。  書庫の本棚にはしっかり本が並んでいる。ジャンルは四種類、童話、歴史書、魔導書、料理本だ。言語は当然この世界の文字だけど、なぜか理解できる。  せっかく理解できるし、読むのは当然魔導書だ。  内容は魔術の使用方法が書かれた本——つまるところ教科書である。  せっかく魔術が存在する世界に来たのだから、使えるようになりたい。  ということで、私は初級と中級の魔術が書かれた魔導書を取って、書斎の机に置く。  こういう部屋で本を読むのは何年ぶりだろう。小さい頃はよくお父さんの書斎で本を読んでいたけど、ネトゲを始めてからは入ってすらない。  やはりこういう場所で本を読むのは好きだ。なんというか、落ち着く。これで珈琲とお菓子でもあれば最高なんだけど。  まあそんな贅沢は明日から味わうとして、今はじっくり魔導書を読んで、セレネが返ってくるまで魔術の勉強でもしていよう。  ずっと魔導書を読んでいると、気づけば外が暗くなっていた。  本を閉じて、ぐっと背を伸ばす。  そろそろお腹が空いてきたし、セレネが来ないかなぁと窓から門のほうを見ていると、馬車がこちらに向かってやってくるのが見えた。  やっと来てくれたと、私は走ってセレネを迎えに行く。  門の前で待っていると、彼女は馬車から荷物を持って降りてきた。 「おかえりー!」  推しがこうして私の家にお泊りに来るって、よく考えたらヤバいな。  しっかり気分転換も出来たおかげか、それどころじゃなかった分、今になって一気に嬉しさが押し寄せてきた。 「待ってたよ! えへへ、なんかセレネにお帰りって言うのちょっと変な感じするね。大好きな推しにおかえりって言うの、不思議な感じ。えへへ、ほんと嬉しいや」 「すっかり元気になったみたいね。よかったわ」 「うん。お陰様でね。って、なんか荷物いっぱいだね」 「ご飯ついでに、せっかくだからお泊りでもしようかと思って」 「お泊り⁉ あっ、ヤバい、もう楽しくなってきた」 「気が早いわね」 「だってセレネとお泊りだよ? それに、お泊り自体初めてだから……」 「そっかそっか。じゃあ初めては最高の思い出にしないとね」  セレネは笑顔を浮かべると、『それじゃあ、まずは最高のご飯を作るわよ!』と息巻く。  お昼に作ってくれたご飯は相当美味しかったので楽しみだ。  私はセレネの荷物を受け取って、部屋に置きに行く。来客用の部屋はあるけど、私の部屋でいいよね。せっかくのお泊りなんだし。  後はお風呂の用意もしたほうがいいかな。 「おっふろ~おっふろ~♪」  セレネと一緒にお風呂入れるのかな。  今の体なら何ら恥じらうこともないし、裸の付き合いを楽しめそうだ。が、そもそもの問題として、お湯の貯め方がわからない。  それっぽい所に石が埋め込んであるけど、これは魔導書に記載のあった魔石だろうか。そうだとすれば、ここに魔力を流せばお湯が出るんだろうけど……その魔力というものはまだわからない。  試しに触ってみるけど反応はない。  中二病を拗らせかけた頃に「実は私って超能力使えるんじゃね?」って試した時の感覚でやるけど、まあ当然反応なし。  せめてこれくらいは私がと思ったけど、お湯を貯めるのもセレネに任せよう。
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