再会

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 出会いは何年前だったか。彼は正確に覚えていないが、小学校に入学する前だったと記憶している。  当時、彼は家族と共に田舎にある団地の一室で暮らしていた。その隣室に、彼女と彼女の両親が引っ越してきたのだ。そのため、顔を合わせる機会が多くなり、自然と仲良くなったのだ。  遊び場所はもっぱら家の近くの川や山だった。魚を釣ったり、昆虫を捕ったりした。田舎ならではと言えるだろう。  そうやって一緒に時間を過ごしていくうちに、いつのまにか彼は彼女に対して恋心を抱くようになった。それは、彼女も同様だった。  「大人になったら絶対に結婚しようね」と何度も誓い合った。微笑ましい子供同士のやり取りと言えるだろう。  いつだったか、両家で一緒にバーベキューをしている時、彼は彼女の両親に対して次のように宣言したことがあった。  「僕はいつか彼女と結婚します!」  彼女の両親は笑いながら「娘をよろしく」と言い、頭を下げてきた。これ以上ない大人の対応だった。  しかし、彼はこのまま大きくなったら彼女と一緒なる、と子供ながらに強く思っていた。無論、彼女も同じことを念頭に置いていた。  ところが、小学校の四年生に上がった時、二人の運命は突然引き裂かれた。彼女が親の転勤によって東京に行くことになったのだ。最低でも十年は向こうで暮らさなければいけないらしく、いつ田舎の方に戻ってくるかはわからない、とのことだった。  彼は悲しさと寂しさのあまり自宅で大泣きした。ついには、彼女の両親に無謀なことを言った。「僕の家族と一緒に暮らすのでこの地に彼女だけは残してください」と。当然、そんなお願いは受け入れてもらえなかった。  それから月日は流れ、とうとう別れの日が来た。太陽の光で目を細めてしまうほどよく晴れた日だった。  そんな中、団地の駐車場で彼女と向き合った。彼女の背後にある車の中では、彼女の両親がナビを設定しているような仕草をしていた。  「今日でお別れだね……」彼女が先に口を開いた。  「うん……。寂しくなるね」  「きっとまた会えるよ」  彼はグッと奥歯を噛んだ。「でも、最低十年は会えないし、その後いつ戻ってくるかも分からないんだろ?」  彼の問いに彼女はゆっくり首を縦に振った。  「じゃあ、仮に十年後に会うとしたら、僕たちは二十歳になっているときだ。僕は絶対に君のことは忘れないけど、もしかしたら君は僕のことを忘れているかもしれないじゃないか」  彼女はかぶりをふった。「私は絶対に忘れない」そう言って真剣なまなざしで彼を見つめた。  「本当?」彼は眉をひそめた。  「本当よ」  そうか、と彼は言った。しかし、心に残る一抹の不安をさらに彼女に吐露した。  「でも、もし僕のことを覚えていたとしても、僕への気持ちは消えているんじゃないか?」  「そんなことない。私はずっとあなたのことが好きよ。逆にあなたの方こそどうなの?」  「僕は君のことが好きな気持ちは変わらない。こんな田舎町にいても、君以上の人に会うことはいないから。ただ、君の方は違う。これから君が行く場所は東京だ。きっと、東京の男は可愛い君を目にしたらほっとかないはずだ。僕よりもかっこよくて頭のいい男達がアプローチをかけるだろう。そしたら、君の気持ちが変わってもおかしくないだろ?」  彼女は先ほど以上に強く首を横に振った。「私は東京の男なんかになびかない。あなたのことしか見ていないから」彼女の目には一切の濁りがなった。  彼はまっすぐに彼女を見ていたが、思わず目をそらしてしまった。突然、目頭が熱くなったからだ。  好きでたまらない彼女を離したくない、失いたくない。それらの思いが彼の胸を締め付けた。  気がつくと彼の目から涙が流れていた。  その様子を見た彼女は、彼に近づいて優しく抱擁した。 「大丈夫。必ずまた会えるよ」彼女は彼の耳元で囁いた。ハスキーで聞き心地のよい声だった。  うん、と彼は言って彼女の背中に手を回した。人生で初めてのハグだった。 彼女の向こう側で止まっている車の中から視線を感じた。だが、気にはならなかった。  どれだけの時間、体を密着させていただろうか。短いようで長かった気がする。胸の高鳴りと暑さが相まって彼の体は火照っていた。  やがて、二人は何も言わず体を離した。  彼は目頭を拭い、彼女に顔を向けた。  その時、彼女の頬は赤くなっていた。彼女からアクションを起こしたとはいえ、おそらく恥ずかしかったのだろう。  気まずさから二人の間で沈黙の時間が流れた。  そんな中、口火を切ったのは彼の方だった。  「そうだ、これあげるよ」彼は自分がかぶっていた野球帽を彼女に渡した。それは深い青色で、つばの上部にアルファベットが刻まれていた。  彼女は「えっ」と声を漏らした。「でもこれ、あなたがいつもかぶっていた帽子じゃん。大切にしていたものなのにいいの?」  「いいよ」彼は笑顔でいった。「きっと似合うさ。君は肌が白いから、日差しで焼けたりしたらもったいないな、て今まで思っていたんだ」  「そうなんだ。ありがとう」彼女はすぐさまそれをかぶった。「どう、似合う?」  うんうん、と彼はうなずいた。「凄く可愛い」  「嬉しい」彼女は白い歯を見せた。  「もし、こっちに戻ってくることがあったら、その帽子をかぶっていてほしい。すぐにでも君を見つけられるようにね」  「もちろんよ。というか、これからずっとかぶるわ。もう私の宝物だもの」  「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」  「この帽子をかぶって、いつか必ずあなたと会うわ。約束する」  「ああ。約束だ。また会おう」  その時だった。車の運転席にいた彼女のお父さんが窓から声を上げた。「お~い。そろそろ行くぞ」  「今、行く~」彼女はそう返答した後、彼に顔を戻した。「もう、行かないと……」  「うん、そうだな。元気でな」  そして二人はもう一度ハグをした。  その後、彼女はくるりと背中を見せて車に向かった。後部座席のドアが閉まると車は走り出した。  開かれた車窓から彼女が「またね~」と言って手を降っている。  彼も全力で声を出して対応した。  どんどん車の姿は小さくなっていく。やがて、それは彼の視界から消えた。
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