再会

4/5

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 そのような経緯を経て、現在、彼は劇場の席に座っている。公開初日ということもあって、周りは人だらけだ。固唾を飲んで本編が始まるのを待った。  まもなくして、場内が先ほど以上に暗くなり、スクリーンの面積が広がった。そして、彼女が映し出された。大人になった彼女が動き、喋り、見たことない表情を浮かべている。  物語の冒頭にもかかわらず、彼は涙を流した。  その後、食い入るようにスクリーンを見続けた。登場人物の一言一句を聞き逃さず、ストリーの全貌を脳内にインプットするためだった。  やがて、物語は終了した。その結末は、再会を果たした幼馴染の男女が永遠の愛を誓い合う、というものだった。王道のストーリーかもしれないが、数多の人の琴線に触れるような内容だった。そのため、場内は拍手の音で包まれた。彼も他の人に負けないくらい手を叩いた。  場内が静寂さを取り戻した時、スクリーンの横から黒のパンツスーツを着た女性が現れた。  女性は手にしていたマイクを口元に近づけた。「皆様、本日はお忙しいところ本作を観るために劇場へ足を運んでいただき誠にありがとうございます。これだけ多くの方に集まっていただき大変嬉しい限りです。それでは以前より告知させていただいたとおり、この後、本作の出演者に登場していただきます。もうしばらくお待ちください」滑らかな口調でいった後、スクリーンの横にはけた。  この日、公開初日の限定イベントとして、本編終了後に出演者が顔を出すことになっていた。  それを事前に知った彼は、彼女を一目見るために田舎から東京まで来たのだ。  再会を約束したあの日から十年。あと少し、あと少しで彼女に会える。彼の鼓動は高まっていた。  再び、例の女性が姿を見せた。「皆様、大変お待たせしました。出演者の方々に登場していただきます。拍手でお迎えください」  すると、背広やドレスを身に纏った男女がぞろぞろと姿を現わした。  圧倒的な美貌とオーラを放つ役者達を見て、観客全員が手を叩いた。加えて、黄色い声を上げる人もいた。  豪華な俳優陣が壇上で横一列に並んだ。その中央に彼女の姿があった。  彼は大きく目を開いた。十年ぶりに見る彼女は見違えるほど可憐になっていた。  拍手と歓声が鳴り止むと、壇上の端にいる女性が口を開いた。「では、出演者の皆様が揃ったということで、ここからインタビューをしていこうと思います」  女性が司会進行役となり、各人に質問を投げかけて、撮影現場の裏側、撮影秘話などについて話してもらう流れだった。その中で、彼女にいたってはヒロインということもあり、他の人に比べてかなり受け答えをしていた。陶然としてしまうような声だった。  次に、観客の中から数人限定で役者に質問できる機会が設けられた。挙手制で司会の女性が独断で選ぶとのことだった。  彼は全力で手を挙げた。だが、別の人が選ばれた。  もう一度、手を挙げたが駄目だった。  このままではマズい。何か目立つようなことをしなければ。  残り一人となったところで、彼は大声を上げてまっすぐ腕を掲げた。  すると、司会の女性と目が合った。それから彼に手を向けて「では、そこの元気なお兄さん」と言ってきた。  周りの人達は、彼を見てクスクスと笑っていた。  でも、彼にとって、そんなことはどうでもよかった。それよりも選ばれたことに歓喜した。思わず喜びの声を上げたくなったが、何とか呑み込んだ。  彼は関係者からマイクを受け取り、席から腰を上げた。  視線の先には彼女がいた。お互いの瞳が線で結ばれることがわかった。  ようやくここまで来たんだ。とてつもなく長い道のりだった。でも、焦って意味不明なことをいってはいけない。落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせた。  彼は深呼吸をしてから彼女の名前を呼んだ。「やぁ、久しぶり。僕だよ」  彼女の顔に困惑の色が浮かんだ。  「やっぱりわかないか。無理もない。なんせ十年ぶりだからね。昔、君と再会を約束した僕だよ」  しかし、彼女はまだ彼に気づいていない様子だ。  「あれっ。まだわからない?」それじゃあ、と彼は言い、持っていた鞄からある物を取り出して頭にかぶった。それは、彼女と別れた日に渡したものと同じ野球帽だった。「これでどうだい?」  その時、彼女の表情がハッと変わった。  「ようやく気づいたようだね。まさか、こんな形で君と再会するとは思わなかったよ。人生は何が起きるかわからないね。とにかく、君に会いたくてここまで来たんだ」彼はよどみなく言った。  感動のためか、彼女の目には涙が滲んでおり、口元はワナワナと震えている。  そして、次の瞬間だった。  「いやぁぁぁぁぁぁっ!」彼女は劇場の壁を突き破るほどの悲鳴を上げて顔をそむけた。  彼はぎょっとした。なぜ彼女がそんな態度を取るのか。まるで再会を拒絶したいかのようだった。  彼女は続けて大声で言った。「その人を捕まえて! ここからつまみ出して! お願い! お願い! お願い!」  観客、役者、関係者、周りの人間全員が騒然とした様子で、彼と彼女に視線を往復させている。  これは何かの間違いだ。きっと思いがけない再会で彼女は気が動転しているに違いない。一旦、ゆっくり話をしよう。彼はそう思って席から離れ、壇上に向かった。  しかし、その途中で数人の警備員に体を捕まれた。強い力で引っ張られ彼女の姿がどんどん小さくなっていく。その光景は、十年前の別れの日と酷似していた。  やがて、彼は劇場の外へ放り出された。同時に意識が闇の底へ沈んでいった。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加