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 十月にもなれば、例年にない猛暑を記録した夏の名残もようやく過ぎ去り、日が落ちると秋めいた肌寒さを感じる。       バイトを終えた藍村夏樹(あいむらなつき)は、深夜の冷え込みに身を縮ませながら帰路を急いでいた。 学生街の中にある古い二階建てアパートで、夏樹は一人暮らしをしている。その立地から住人のほとんどが同じ大学の学生で、深夜になっても騒がしいことが多いのが難点だが、気を遣わなくて済むので楽ではある。 アパートの前まで辿りついたが、今から帰るのは二階の自分の部屋ではない。階段は昇らずに、夏樹の部屋の真下にある一階の部屋の前に立つと、ポケットから出した鍵を迷いなくドアへ差し込んだ。 「腹減ったー。今日は何作んの?」 「お疲れ様です。座る前に手洗って下さい」 「はーい。実家からまた何か届いたんだ?」  部屋の住人である紺野悠人(こんのはると)は、勝手に鍵を開けて入って来た夏樹の方を振り向きもせずに、大きな背を丸めてしゃがみ込み、実家から届いたらしい段ボールの中身の検分をしている。深夜であるにも関わらず、突然の訪問に全く驚く素振りが無いのは、それほど夏樹が頻繁に訪れている証だ。  「白菜と小松菜と柿。カレー鍋にでもしますかね。ウインナーあったかな」 「牡蠣?それも鍋に入れちゃえば?」 「そっちじゃない方です」 「そっちじゃない方、俺食べたことないかも」 「本当に?庭で採れて問答無用で食べさせられる果物の代表じゃないですか」 「世の中皆が庭付き一戸建てに住んでると思うなよ、田舎っ子。ウインナーなら俺ん家あるから、ちょっと取って来る」  ウインナーを取り行くためだけに一度外に出て自分の部屋に帰る。冷蔵庫から目的の物だけ手に入れてすぐに戻ると、悠人はすでに料理に取り掛かっていた。  悠人はデカい。今も、狭い1Kの台所で窮屈そうに身を縮めて、小松菜を洗っている。日本人の平均身長をはるかに超える長身は立っているだけで威圧感があるし、切れ長で鋭い目付きは不機嫌そうに見えることもある。  夏樹も、はじめはとっつきにくい奴だと勘違いをしていた。今となっては、実は温和で面倒見が良いことを嫌と言うほど知っているけれど。 「はい、ウインナー。あと、うどん玉も。ちょっと賞味期限過ぎているけど食えるだろ」 「ありがとうございます」 「お、お前の母ちゃんの梅酒も届いてんじゃん。これうまいよなー。炭酸水ある?」 「飲む前に先輩も手伝って下さい。はい、これ向こうで切ってきて」 「ケチ」 「働かざるもの喰うべからずです」  悠人にきっぱりと言い切られ、夏樹は素直に従う。一人暮らしの1Kの台所に男子大学 生が二人立てるスペースはないので、渡された包丁とまな板を持って移動し、テーブルの上で白菜を切る。  二人で(主には悠人が)作った鍋をつついた後は、届いたばかりの梅酒をちびちび飲みながら、二人でソファに座って漫画を読んだり、ゲームをしたりする。これもいつものことだ。   別に一人でやればいいのに、黙ったまま二人で並んでそれぞれの課題のレポートを書くこともあるし、ネット配信の映画を見ることもある。大した会話がなくても気まずくならないのが、不思議と言えば不思議だ。
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