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第一章 童話は彼女を救えない1
人を殺すか殺されないか、はたまた殺されるか――八歳になったばかりの紀枝は、そんなことばかり考えてしまう。
こんな絶望的な気分になってしまったのは、二年前の父親の行動が原因だった。
『お父さん、再婚するからな』
紀枝の母が亡くなったのは、たった二ヶ月前のことだ。
妻が亡くなって直ぐの再婚……それは、紀枝が住む小さな町では醜聞といえるものだった。
だが、紀枝はなんとか受け入れようと思った。
なぜなら、父が続けてこんな風に話してきたのだ。
『この家のために、新しいお母さんが必要なんだよ。紀枝だってわかるだろう? 今までお母さんがやってきたこと、お父さんやお祖父ちゃんが全部引き受けるのが無理だってことぐらい』
嫌だと言ったら平手打ちされそうな――そんな気配が父から滲み出ていた。
新しいお母さんと仲良くしなければならない。
どうしても仲良くしなければ、お前の方を追い出すぞ。
そう、父の眼差しが語りかけてくる。
まだ八歳だった紀枝ですら、その事実を飲み込まなければ家が滅茶苦茶になることが予想できた。
だが、それを受け入れなくても結果は同じだったのだろう。
こうして、やってきた若すぎる義理の母親は――ただでさえ壊れかけていた紀枝と家を地獄よりも深い場所に突き落としたのだから……。
それから二年と少しが経過して、紀枝の心はその深い場所で密かに生息するようになっていた。
光が射さぬ闇の中で、ひゅーひゅーと細い息を引き裂くように吐きながら、彼女は思う。
(わたし、シンデレラになれない)
紀枝の元には一冊の本がある。母が読み聞かせてくれたシンデレラの絵本だ。
これが唯一の形見のようなモノだけど、これしか残らなかったという事実を突きつける一冊だった。
(だって、シンデレラは継母も姉たちも許したんでしょう? わたし、あの女を許せない)
紀枝は義理の母を思い出して歯を食いしばり、シンデレラの本を抱いて家の裏庭に立っていた。
ここにしか、彼女の居場所はない。
誰か、あの人を殺してくれないかな。
誰も殺してくれないなら、病気になって死ねばいいのに……。
死ナナイかな? 死なないカナ?
「でも、死なないよね。だって、この雪のように強いから」
大粒の結晶が見える柔い綿雪が、重低音で鳴き呻く風によって町を走る。
天からやってくる雪達は降るのではなくて、右から左に向かって翔るのだ。
ごぉぉぉぉぉぉ。どぉ、どぉぉぉ。
これは風の音ではない。これは刃の音だ。
町の境界線となっている細い川を越えて数キロ離れた高き鉱山から、風は雪という真剣を手に武者行列となって吹き付けてくる。
ああ、また、真白に襲われる時期がやって来た。
母屋から離れた薄暗い裏庭で、十歳になった紀枝は、膝がすり切れたズボンのポケットに手を突っ込み、奥歯をぎりりと噛みしめる。
マフラーも手袋も与えられず、祖父から譲り受けた毛玉だらけの薄いセーターのみが彼女の防寒着だった。
無造作に後ろで結んだ黒髪が、風にぶん殴られてバサバサになっていく。その髪は紀枝の心のように荒ぶっていた。
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