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「ねえ、あのふたり素敵じゃない?」
黄色に色づいたイチョウ並木の下を、白髪の老夫婦が手をつないでいる。そして、お互いの歩調に合わせるように、ゆっくりと歩いていた。
そんなふたりを見て、美咲はほっこりとした気持ちになっていた。
美咲は今日、公園の隣にある区役所に婚姻届を提出してきたばかりだった。
隣に居る祐也は、ついさっき、美咲にとって他人から夫へと変わったのだ。
あの老夫婦のように、年老いてもお互いを思いやれる夫婦になりたい、美咲はそう思っていた。
「憧れるなあ。ああいう穏やかな夫婦」
美咲は幸せな吐息をもらしながらつぶやくが、祐也は隣で首を傾げている。
「夫婦……とは限らないんじゃん?」
「え?」
「不倫カップルかも」
思いもよらない祐也の一言に、美咲はムッと眉間にしわを寄せた。
「やめてよ、変な妄想」
祐也は美咲の不機嫌な声に気づかず、まだ言葉を続けた。
「でもさあ、あの年で手をつなぐほどアツアツって、やっぱそっちじゃん?」
美咲が祐也をにらみつけると、祐也は焦って作り笑いした。
「あ、いや、不倫カップルはないか」
とは言ったものの、妄想は止まらない。
「あ、あれだ。年老いてフラフラしちゃうから、お互いを物理的に支え合うために手をつないでるんだ。もはや、夫婦でもカップルでもなく、兄妹って線も……いや、見ず知らずの通行人同士かも」
美咲は祐也の胸をバンッと叩いた。
「もう、祐也ってほんとロマンない。ねえ、今私たち夫婦になったんだよ! おじいちゃんおばあちゃんになっても、あんなふうに仲良しでいたいなとか思わないわけ?」
美咲はさぞ幸せな家庭で育ったんだな、と祐也は思った。確かに、先月、初めて会った美咲の両親は、絵に描いたようなおしどり夫婦に見えた。
しかし、結婚相手の両親に挨拶するという大切な場でも、祐也は、このおしどり夫婦にも実はいろいろあるんだろうな、なんて勘ぐっていた。
でも、それは妄想に過ぎなかったようだ、と祐也は思い直す。
「美咲の両親はホンモノのおしどり夫婦なんだな」
「なによ、それ」
「いや。あの老夫婦を見て、そう思える美咲は素直で良い子だなって」
美咲は口を尖らせながらも、少し微笑んだ。
「ふうん。まあいいけど」
「うん、なろう。俺らもああいう夫婦に。ゆっくり、俺と美咲の時間を積み重ねてこう」
祐也の言葉に、美咲は晴れやかな笑顔を浮かべて頷いた。
***
「私たち、ずいぶん先輩夫婦に見られてますねえ」
ヤエは隣を歩く三郎を見て微笑んだ。三郎の手は乾いていて皮の厚みすら感じる。
「そうですね。彼ら、さっき区役所の市民課にいましたよね」
三郎は、合わせたヤエの手に愛おしさを覚えて、ぎゅっと優しくにぎった。
「そういえば。言わば、私たちの同期ですね」
三郎はホッホッホと笑った。
「同期とはいいですな。結婚同期ですね」
「ええ」
ヤエと三郎は顔を見合わせて笑い合った。互いの顔には、濃く刻まれたしわが目立つ。ふたりは、これまで別々の道で、しわの数だけ時間を過ごしてきた。
そして、ふたりは出会った。
「まさか我々が先月出会ったばかりの、さっき入籍したばかりの新婚さんとは、彼らは思いもよらないでしょうな」
ヤエと三郎は、ゆっくりと歩を進める。
はらはらと舞うイチョウの葉っぱが舞う中、ふた組の新婚さんがそれぞれの道を歩み始めた瞬間だった。
***end***
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