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「いつか…あなたに会えたらいいなと、ずっと思っていました」
私に会いたい…?
心臓が怖いくらい早鐘になって、頭のどこかから甘くふわっとした感情が染みでてくる。
だから私も頑張って彼にこう伝えた。
「じ、実は私もです。いつも工場の前を通り過ぎる時、朝早くから頑張っている人がいるって心強かったんです」
彼は目をぱちくりさせてから優しく笑った。
「そうだったんですね。お互いの存在に気がついていたんですね」
私は頬がぽわっと熱くなったを感じつつ、彼にウンウンとうなずいた。
「昨日、帰宅途中にあなたがここでケーキを売っているのに気が付いて…。昨日は完売していたので買えませんでした。だから今日は、絶対にあなたから買うと決めていました」
「あ、ありがとうございます」
なんて嬉しいことを言ってくれるのか。
私の頬はもう完全な苺色だと思う。
彼は今更ながら乱れた髪に気がついて、手櫛でささっと直す。
「でも、今日に限って工場のライントラブルが起きてしまって。で、遅くなってしまったんです」
「今日は寒くてお客さまの反応がにぶくて、なかなか売れなかったんです。でも、そのおかげで私たち会うことができましたね」
「ええ。嬉しいです」
そういって私に微笑んでくれた。
ああ、この人はなんて素敵な笑顔ができるんだろう。
右だけに浮かぶエクボが妙にチャーミングだ。
まるでひだまりにいるような温かさを感じる笑顔なんだ。
きっと人柄がにじみ出ているんだろうな。
「販売の仕事はもう終わりですか?」
「え? は、はいっ」
彼の言葉に何かを期待した私の胸がドキッと大きく跳ねた。
「よかったらこの後…温かいものでも飲みにいきませんか?」
彼がほんのり頬を赤らめてそう誘ってくれた。
(こ、これはデートのお誘い?)
待ち望んでいたロマンスが突然目の前に現れたけど、私は動揺して言葉が出ない。
しかし彼を見ると、ゴクリと生唾をのんで緊張の面持ちだった。
それを見たら「緊張しちゃうのは私だけじゃない」って思えて、すっと肩の力が抜けたんだ。
そして
「はい。私でよければ喜んで」
とごく自然に受け入れることができた。
私の返事を受けて、彼が緊張を吐き出して安堵の表情をみせた。
その姿をみて、こんな素敵なシチュエーションに涙が溢れそうになる。
じゅわっと私の世界が揺れ動く。
いつも母の健康を祈願するのと同時に、密かにこんなお願い事もしていたんだ。
こんな私にもロマンスをください―――と。
すると、空から白い羽のようなものが舞い降りてきた。
「あっ、降ってきましたね」
彼が空を見上げて嬉しそうにそういった。
「本当にホワイトクリスマスになりそうですね」
冷たく、ふわりとした粉雪が私の手のひらに舞い降りる。
(私に会いたいと願っていた人がいたなんて…
なんて素敵なクリスマスの軌跡)
私は彼と並んで歩いてゆく。
身体は寒さなど感じなくなっていた。
なぜなら心がポカポカじんわりと温かかったから。
私は心の中で神さまにお礼を伝えた。
だって、こんな素敵なロマンスが、雪とともに私にふってきたのだから。
おしまい
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