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「つーさん、おやすみ!」
「ああ、おやすみ」
今夜も夏生は、俺に指一本触れずに布団へ入る。電灯を消すと、程なく寝息を立て始めた。
「……夏生?」
そっと、名前を呼んでみる。だが、夏生からの返事はなかった。
あの、突然の初体験から、もう一週間経つ。熱は次の日には引いていたし、体中の痛み……特に腰や尻の痛みも、昨日には完全になくなっていた。残るのではないかと夏生が心配していた腕の痣も、ほとんど消えている。
それでも、夏生は俺に触れようとしなかった。自分を戒めるかのように、それまでの髪を撫でたり抱き締めたり程度のスキンシップすらしようとしなかった。
……俺を傷つけるのを、恐れているんだろうな、と思う。夏生は、ああやって俺の体を傷つけてしまったことを、終わった直後からひどく後悔していた。きっかけは、俺の配慮のない一言だったというのに。
あの日から一週間。夏生は未だに自分を責めているのだろう。もしかしたら、俺に頼まれてこうして泊まりに来ているのも、苦痛なのかもしれない。それでも夏生は、そんな素振りを一切見せず、いつものように明るく笑っていた。
痛々しくて、もう見ていられない。それに、こんな一方だけに精神的な負担を掛けるような関係は、俺には耐えられない。
……だから俺は、一歩、踏み出そうと思った。夏生の自責の念を、取り払うために。
翌日。俺はいつものように夏生より早く起きた。入念にストレッチをすませ、ちらりと眠っている夏生を見る。
あどけないと言っても、おかしくない寝顔だった。後少ししたら二十歳になるとは思えないくらい、幼さを残した顔だ。だが、夏生がなにも知らない子どもではないことを、俺は身を以て知っている。
先程から、心臓が大きな音を立てていた。折れてしまいそうな心を叱咤して、俺は恐る恐る自分の衣服を脱いでいった。衣擦れの音ですら夏生が目を覚ましてしまいそうで、どう頑張っても落ち着けない。
夏生に、綺麗だと言ってもらえた自分の体を、どきどきしながら眺めた。いつも見ているのに、今見ている体は自分の物ではないような気がしてくる。
意を決して、俺は全裸のまま夏生の枕元に座った。
「……夏生」
少し細くなってしまった声で、俺は夏生を呼んだ。寝付きのいい夏生は、その程度では起きないことくらい分かっているのに、俺はなんだか泣きたくなってきた。
「夏生」
先程より大きめの声で、名前を呼ぶ。だが、やはり夏生は眠ったままだ。服を脱いでいた時は目を覚まして欲しくないと思っていたのに、今はもう早く目覚めて欲しかった。まるで、自分が人形に話しかける幼子のようだった。
少し迷ってから、俺は眠り続ける夏生の唇に、そっとキスをした。夏生は眉を僅かに顰めたが、相変わらず寝息を立てている。もう一度、キスをしてみたが、夏生はもう反応しなかった。
「……どうしたら、いいんだ……」
もう、よく分からなくなってきた。こういうことは雰囲気が大事なんだと自分に言い聞かせて、いろいろと考えてみたが、どうやっても情緒のある起こし方が思い浮かばない。いっそ、肩を揺すって起こしてしまおうかとも思ってしまう。
そんなことを考えていると、全裸の体がぶるりと震えた。……六月も半ばとはいえ、この間梅雨入りしたばかりで、朝は少し肌寒い。今日は雨も降っているから、このままでいたら、風邪を引くかもしれない。
なんだか虚しくなってきて、俺は立ち上がろうとした。
だが、足首に温かな指が絡みつき、それを全く予想していなかった俺はバランスを崩して倒れかかった。
「う、わ……!」
「あ、ごめんなさい」
慌てて床に手を突いた俺に、寝起きとは思えないほどしっかりした声で夏生が謝った。その平素と変わらない口調が、俺の羞恥心を一気に高ぶらせる。
「な、つき……、起きて、いたのか?」
ようようそれだけ言った俺を、夏生は優しく眺めている。なにも言わずに、しばらく体勢を崩したままの俺の後ろ姿をじっくりと見ている。恐る恐る後ろに首を捻ると、夏生はにっこりと天使のような笑みを浮かべた。
「つーさん、やっぱり綺麗なケツ」
「ど、どこを見ている!」
「だって、目の前にこんな綺麗なケツあったら、誰でも見るでしょ。俺のところからじゃ、尻と足と背中しか見えないですよ」
平然と言ってのけ、夏生はにこにこと俺の尻を眺め続ける。金縛りにあったかのように、俺は動けなかった。
「で、朝からそんなカッコで俺にキスって、どういう風の吹き回しなんですか? 綺麗なモノ見られて嬉しいけど、風邪引いちゃいますよ」
さして驚いた風もなく、夏生はいつも通りの口調でそう訊ねた。……なんだか、自分のやっていることが馬鹿らしくなってきた。
「……分かった。服を着るから、手を離してくれ」
「質問に答えてくれたら、離します」
悪戯っぽく笑っている夏生が、少しだけ見える。目一杯首を捻って背後の夏生を見ながら、俺は殊更ぶっきらぼうに言った。
「……寝込みを襲おうとしただけだ」
「ふーん。で、なんで全裸でキスなんですか? 襲ってないですよ、それじゃ」
にこにこと、相変わらず天使のような笑みを浮かべて、夏生は質問を続けた。どうやら、かなりご機嫌らしい。
「……無理矢理、は……、よくないかと、思って」
「うん……。そうですね。無理矢理は、よくない。俺が言うのも、なんですけど」
しまった。思い出させてしまった。夏生の笑顔が、目に見えて曇っていく。
「ち、違うんだ。その、俺が無理矢理やるのは、どうかと思うだけで……、別に、お前に……」
……待て、俺は今なにを口走ろうとした? 慌てて夏生に背を向けて、俺は自分の口を塞いだ。
「つーさん……」
溜息を吐いて、夏生は呆れたような声を上げた。
「誤解、しちゃいますよ? そういう言い方されると。俺、あんたがそういうの嫌だって、分かってますから。無理しないでいいです」
ようやく足首を解放して、夏生は上半身を起こした。諭すような口調は、ひどく大人びている。
「服、早く着てください。あ、今日は雨だから、ジョギングできないですね。ちょっと早いけど、飯食べます?」
平素の態度に戻った夏生は、淡々とそう言った。……なんだか、泣きたくなってきた。だが、ここで引き下がっては、昨夜からの覚悟が全て水の泡だ。
なけなしの勇気を振り絞り、拭いきれない羞恥心を捨て去り、俺は夏生の方を向いた。
「つーさん? 早く服着ないと、風邪引いちゃいますよ」
夏生は首を傾げた。その仕草が可愛らしいと思えてしまうのだから、俺もたいがい行くところまで行ってしまった感がある。
頭の隅で冷静にそんなことを考えながら、俺は夏生の胸に飛び込むように抱きつき、口付けた。
普段と違い、夏生の顔が自分より上にある。見上げるような口づけは、どこか被虐心を煽られる気がして、なんだか胸が疼いて仕方なかった。……実は、マゾヒストだったのだろうか。うーん、そんなことはないと思うのだが。
夏生の様子が気になって、そっと目を開けた。驚いて見開いたままだった夏生の目と、俺の視線が絡み合う。夏生はすぐに目を閉じて、俺の肩を引き離した。
「……つーさん。いい加減にしてください。ほんとに風邪引きますよ」
呆れ返った夏生の声が、俺の勇気を萎ませる。代わってやってきた切なさと虚しさが、俺の体から力を抜いた。
「分かった……。朝から妙なことをして、すまない」
……本当に泣いてしまいそうだった。肩を落として、俺は目を閉じたまま夏生から離れようと立ち上がる。
「……ちょっと、つーさん。……近いですよ」
非難の声が聞こえて、俺は首を傾げた。……なにが近いんだろう?
「ん? どうした?」
夏生の顔を見ようとして、俺は目線を下にした。そこで、やっと夏生の言葉の意味を理解し、とんでもない羞恥心に襲われる。
……俺の股間が、夏生の顔の目の前にあった。
「す、すまない!」
つい声が引っ繰り返ってしまった。慌てて後ずさろうとしたが、膝が震えて尻餅をついてしまう。尻に衝撃が走り、思わず顔を顰めた。
「つーさん! 大丈夫?」
切羽詰まった声を上げて、布団を出た夏生は俺に駆け寄った。その顔は、あの行為の後に見せた表情に、酷似している。
「痛かったでしょ! 気ぃ付けてくださいよ!」
「す、すまない……」
ああもう、情けない。夏生を元気づけようとしたのに、余計に心配を掛けてしまった。……こんな体たらくで、俺は夏生の恋人だと言えるんだろうか。
涙の滲む目で俯いた時、俺はふと違和感を覚えた。違和感の原因を探るため、俺は恐る恐る夏生のスウェットの股間に手を伸ばした。
「ちょ、なにやってんですか、あんた!」
夏生の焦った声が聞こえる。だが、俺は再び勇気を奮い立たせて、それを服の上から撫でた。
「……んっ、……」
鼻から抜けるような少し高い声が、夏生の喉を震わせる。
ぞくり、と俺の背中に鳥肌が立った。……どうしよう、夏生の声が、ひどく可愛く思えてしまう……。手が止まらない。
「だ、駄目だって、もう……!」
無理矢理、夏生は俺の手を引き剥がした。少し赤くなった顔で、俺を睨みつける。
「今日、なんか変ですよ。どうしたんですか? ……こんな、下品なことして」
説教をするような口調と視線に、どきりとした。……やっぱり俺は、マゾなのかもしれない。
「……嫌、か?」
「そりゃあ……、まぁ、……嫌かって言われると、微妙ですけど……」
視線を逸らそうとした夏生が、少し下を向いて驚愕する。
「……つーさん、あんた……、勃って……!」
「え……?」
慌てて、自分でも確認してみた。確かに、間違いなく、勃起している。……男の、夏生に。
羞恥心よりも安堵が勝り、俺は自然と笑っていた。
「……なんで、そんな顔してんですか?」
夏生は驚いたまま、振り絞るような声で訊ねてくる。
「俺も、お前で興奮できた。それが嬉しい」
「……な、に、それ……!」
真っ赤な顔を片手で覆って、夏生は俯いた。……なんだか、無性に夏生が愛しい。
俺は、そっと夏生に顔を寄せて、その額に口付けた。顔から離れようとしない夏生の手を、ゆっくりと口付けていく。夏生はもう、耳まで赤くなっていた。
「これ以上は、やめてください……」
「どうして? 俺は、お前に触れたい」
「や、だ……!」
夏生はまた、俺の肩を引き離そうとした。だが、片手では力が足りない。俺はいつかの夏生のように、彼の両肩を掴んだ。
顔を隠す手に、何度も何度も口づけを落とす。その内、手まで赤くなってきた。可愛くて、仕方ない。
「夏生……」
耳元で、囁いてみた。まだ夏生が触れてくれていた頃、よく俺をからかってそうやっていたように、ふっと息を吹きかける。びくりと、夏生の体が震えた。
「お願いだから、もう……!」
「やだ」
夏生の真似をして、子どもっぽく言ってみた。それにすら、夏生の体は震えていた。
「ああ、もう! いい加減に……!」
本格的に俺を引き離そうと、夏生は顔から手を離した。その隙を逃さずに、俺は夏生の唇を奪った。今度は、目を開けたままだ。真っ赤になった夏生の顔が、目の前にある。
恐る恐る、俺は重ね合った夏生の唇に、自分の舌を伸ばしてみた。初めてのキスの時、夏生がやってきたように、強引に彼の口の中へ舌を入れようとした。
だが、その暇もなく、俺は再び夏生に引き剥がされていた。
「つーさん! ほんと、いい加減にしないと、殴りますよ!」
「……なぜ?」
ここまで拒否されるのは、いくらなんでもひどくないだろうか。そんな意味も込めて、俺は夏生を見つめた。
「あんたね……、こないだので懲りてないんですか? 男同士のセックスは、あんな風になるくらい辛いんです。ちゃんと準備しないと、また足腰立たなくなっちゃいますよ」
呆れきった夏生の声が、胸に突き刺さる。……やはり、こんな風にされるのは嫌だったんだろうか? 夏生は俺をもっとまともな人間だと思っているようだし、今回のことで幻滅されてしまったかもしれない……。
「ちょ、ちょっと、つーさん?」
「……すまな……っ」
駄目だ、結局泣いてしまった……。最近、本当に涙腺が緩い。今までの人生で流してきた量の倍くらい、この一週間で涙をこぼしている気がする。
「……本当に、すまない……。……服、着るよ……」
泣き顔を隠したくて、俺は夏生に背を向けた。脱ぎ捨てた服を拾って、袖を通す。背後で、夏生が自分の頭をがりがりと掻き回す音がした。……本格的に、嫌われてしまっただろうか……。
とてつもない後悔を感じながら、俺は服に首を通そうとした。だが、突然背後に感じた温もりにどきりとして、それ以上動けなかった。
「な、つき?」
夏生が、俺の腰に抱きついていた。腰にくっついた夏生の頬の体温が、心地よい。
「……もう」
しょうがないな、と小さく夏生は呟いた。そして、そっと俺の背中に口付ける。柔らかな唇の後、ざらりとした舌が背中を撫でて、俺は妙な声を出してしまった。
「……泣くこと、ないじゃないですか」
「お前に、幻滅されたかと……、思って」
「だぁ、もう! だから、なんべん言ったら分かるんですか! 嫌いになれるわけないでしょ! ……こんなに、嫌って欲しくないんだから」
最後の一言は、とても寂しげだった。……やっぱり、あの時のことを気にしているんだろうか。
「……でも、我慢しててもつーさんがそんな顔するなら、あんまり意味ないのかなぁ」
「我慢、しなくていい」
着かけた服を脱いで、夏生の方に向き直った。柔らかな毛が、俺の胸に埋まる。
「つーさん……、俺ね、あんたを傷つけたくないんです。でも、今のままじゃ傷つけちゃうから……」
……やはり、それで俺に触れなかったのか。だからと言って、軽いスキンシップまでやめなくてもいいんじゃないだろうか。
「だから、今は我慢の時だったんです。……もう少ししたらバイト代入るから、マスターに聞いて買いに行こうと思ってたんですけどね」
「え? なにを?」
いきなりヒロの名前が出てきたので、つい声が引っ繰り返った。夏生は、にっこりと無邪気な笑みを浮かべている。
「ジェルですよ。めっちゃ滑りが良くなるから、ちゃんとやれば、こないだみたいに最初ほとんど入らなかったり、ケツから血が出たりしません」
「は、はぁ……。で、それとヒロになんの関係が」
「マスターが、その手の物を取り扱ってる店の会員だとかで、割引券持ってるらしいんですよね。だから、バイト代入ったらそれ貰って、ついでにオススメも聞いてから、買いに行こうと思ってたんです」
「…………あいつは、なぜそんな妙な店の会員に……」
幼馴染みにして無二の親友の知られざる一面を知ってしまい、なんだか頭が痛くなってきた。
「欲求不満なんじゃないですか? 忍、相手にしてくれないみたいですから」
「だからと言って、夏生にそんな話をしなくても……」
「聞いたの俺ですから、マスターは答えてくれただけですよ」
「しかし、……その、そんなプライベートな話を、夏生にとは言え、堂々と喋るのは……」
夏生は不思議そうに首を傾げる。
「それくらい、別に平気でしょ。一応、閉店後に話したんで。……もしかしてつーさん、マスターとそういう話したことないんですか?」
恥ずかしながら、幼稚園の時に出会ってから高校三年の卒業の時まで、そして再会してからの二ヶ月半、一切そんな話はしたことがなかった。……と、素直に言うのも憚られて、俺は言葉を探してしまった。黙ってしまった俺を見て、夏生はいっそう意地悪く笑っている。
「じゃ、耳年増ですらないんですね。今時珍しいなぁ。ま、らしいですけどね。……で? その清純派なつーさんは、なんで今日こんなにエロいんですか?」
「そ、そういう風に言われると……困る」
前にされたのと同じように、夏生は俺の耳元に唇を寄せた。……なんだか、ぞくぞくする。
「でも、事実じゃないですか。朝っぱらからなんにも着ないで、キスしてきて、綺麗なケツ見せて、俺のまで触ってきて、自分の勃たせて、その上、自分から舌入れようとしてくるなんて。こんなことされたら、霖さんだってあんたのことエロいと思いますよ」
「な、なんでそこで兄さんが出てくるんだ!」
散々卑猥な言葉を連ねられた上に兄の名前まで出されて、また泣きたくなってきた。絶対に、今の俺は相当赤面している……。
「……物の例えのつもりだったのに、なんでそんなに赤くなってるんですか?」
夏生の声が、急に冷たくなる。……もしかして、またなにか地雷を踏んでしまったんだろうか……。
「霖さんに見られるとこ、想像したんですか? それで、こんなに熱くなってるんですか?」
冷たい手が、また勃起し始めていた俺の陰茎をやわやわと握った。
「ち、違……! さ、触るな!」
「だって、さっきよりおっきくなってます! やっぱ、霖さんのこと想像したんでしょ! 目の前にいるの、俺なのに!」
……なんでそうなるんだ……。こんな姿、一番見られたくない相手なのに……。いや、そんなことを考えて凹んでいる暇があったら、また暴走しそうになっている夏生を止めないと……。
「夏生、話を聞いてくれ」
「言い訳なら聞きたくありません」
言い捨てて、夏生は手を離した。
「……今のお前になにを言っても、言い訳にしか聞こえないだろうが……。俺は、死んでも兄にこんな姿見られたくないぞ」
「それって、俺には見せても気にしないってことでしょ!やっぱり霖さんの方が大事なんだ!」
「違う!」
きっぱりとそう言うと、夏生は黙って俺を見上げた。少し、泣きそうになっている。……どうしよう、なんだか可愛い。
「お前だから、見せていいんだよ。……死ぬほど恥ずかしいのは一緒だが、お前になら……」
「じゃ、なんで一緒にお風呂入ってくれないんですか?」
……なんでそこに話が飛ぶんだ。いや、今そんなことを言っても、余計に夏生のへそが曲がるだけか……。
「お前の部屋のより広いとはいえ、あの浴槽に大の男が二人も入ったら、どう考えても窮屈だろう」
「そうですけど……、俺、つーさんの裸、もっと見たいです」
「さっき服を着ろと言ったのはなんだったんだ……」
あ、しまった。我慢できずに言ってしまった。案の定、夏生は拗ねたように頬を膨らませた。
「せっかくジェル買うまで禁欲生活しようと思ったのに、あんたがエロい格好してたからですよ。我慢した方が数倍気持ちいいって聞いて、楽しみにしてたのに……。俺の一週間の努力が無駄になったじゃないですか」
「……参考までに聞いておくが、そんなくだらない助言をしたのはどこの馬鹿だ」
「そりゃ、マスターですよ」
やはりか。今度、性道徳というものをあいつに教えてやらねばならないようだな。
「でも、くだらなくないですよ。……実際、一週間我慢したら、つーさんがこうやってエロくなってくれましたから。……あんなに痛くしたから、もうセックスは嫌だって言われるかと思ってたのに」
「……それは……、お前が全然、触ってくれなくなったから……」
「え? なんですか? よく聞こえませんよ」
う……、また、意地悪な顔に戻っている。暴走されるよりはマシだが……。
「お前が、この一週間、スキンシップをしてこなくなったから……! あの時のことを気に病んで、苦しんでいるかと思っただけだ!」
殊更に大きな声で、……少し自棄気味に夏生に言ってみた。夏生の目は大きく見開かれて、ぱちりぱちりと瞬きをする。
「……苦しんでる? 俺が?」
不思議そうに、夏生は自分を指さした。頷いてみせると、ひどく幸せそうな笑顔を浮かべる。
「つーさん、またそんなに俺のこと心配してくれてたんですか?」
「……悪いか」
ぶっきらぼうに言ってみると、夏生はまた天使のような笑みを浮かべて、俺の耳をぺろりと舐めた。
「うぁ……っ」
「全然……、悪くないですよ。心配してくれて、ありがとうございます」
喋りながら、夏生は何度も俺の耳を甘く噛んだ。鼻から抜けるような声が、俺の口から勝手に出て行く。……一週間前のように、俺はあられもない声を出し始めていた。まるで、自分の声ではないみたいな……。
だ、駄目だ、やはり恥ずかしい……!
「あ、あの、夏生……」
「なんですかー?」
楽しそうな声が、耳の奥に滑り込む。耳を舐めている夏生の吐息が、俺の羞恥心を更に煽っていた。
「や、やはり……、今日は」
「今更、なに言ってるんですか? 俺もつーさんもこんななのに、もう我慢できるわけないでしょ」
夏生は、屹立している自分の陰茎を俺のそれに擦り寄せて、大人っぽく笑った。……俺の方が十歳も年上なのに、すっかり手玉に取られている……。
敏感にも程がある俺の耳に、夏生は優しく囁いた。
「大丈夫……、今日は入れないから。その代わり、せっかくつーさんがえっちになったから、ちょっとやってもらいたいことがあるんですけど」
「う……」
「……駄目ですか?」
とてつもなく、寂しそうな声で夏生が囁いた。これは演技なのか素なのか……。
「なにを、すれば……いいんだ?」
もう、好きにしてくれ……。
「へへ……。えーっと、とりあえずさっきの続き、お願いします」
そう言って、夏生は俺に口付けた。何度も何度も、擦るように触れ合う唇が、俺の思考をゆっくり溶かしていく。 しかし、さして間を置かず夏生は顔を離した。
「つーさん、続き……」
「え?」
軽く音を立てて、夏生は俺の唇を舌で撫でた。それからまた、触れるだけのキスを続ける。
続き……? あ、ああ、さっきのキスの続き、か?
……待てよ、ということは……、自分から舌を入れるのか? ……まぁ、さっきやろうとしたことだから、さすがに、あまり恥ずかしくはないが……。
恐る恐る、俺は舌で夏生の唇を撫でてみた。今度は誘うように、少しだけ唇が開く。舌を伸ばすと、夏生の歯に触れた。つるつるしていて、舌触りがいい。しばらく夏生の歯を舐めていようかな……。
……などと思っていたら、痺れを切らしたのか、夏生の舌が俺のそれを吸った。音が出そうなくらい激しく舌を吸われて、頭の奥が熱くなっていく。
しばらくそうやって蹂躙されていたが、ちゅ、という高い音を立てて、夏生の舌は離れていった。……また息をするのを忘れていた俺は、酸欠気味でくらくらしながら夏生を見つめる。
「……エロいですね。やっぱり。つーさん、気付いてますか? 今ね、すっごいえっちな顔になってますよ。鏡で見せたいくらいです」
「そんなこと、いちいち言わなくてもいい」
視線を逸らして、ぶっきらぼうに言ってみた。……そもそも、こういった行為というのは、もっと密やかに……、互いの心情を思いやりながらやるものではないのか。
「でも、エロいもんはエロいんですから。つーさんも、ちゃんと自覚しとかないと」
よく分からない理論を展開してから、夏生は自分の服を脱ぎ始めた。決して細くはないが、かと言って俺のように筋張っているわけでもない肢体が、するすると現れた。
「次、どうしてもらいましょうかね」
「……まだ、やって欲しいことがあるのか?」
「もちろん。あんたと出会ってから二ヶ月半、散々妄想して抜いてきたことが現実になってるんですから、存分に楽しまないと損ですよ」
ねぇ、と俺に言われても困るのだが。大体、さらっととんでもないことを口走らなかったか?
「俺で妄想……。しかも、二ヶ月半、ずっとか?」
「ええ。いやぁ、すっごい罪悪感でしたよ。時々それだけで泣けたくらい」
とてもそうとは思えないほど爽やかな笑顔だ。
「出会ってからって……、その、まだ片思いの時から……、そうだったのか?」
「そりゃあ、片思いですからね。すっごく虚しかったけど、何回もやりましたよ。……本当になったらいいな、なるわけないけど、って思いながら」
少し寂しそうに、夏生は笑った。それが、たまらなく愛しい。……どうしよう。
そうこうしている内に、夏生は俺と同じように全裸になった。そして、なにを思い付いたのか、掛け布団を避けてから布団に横になる。
「次、決まりました。舐めてください」
「は、はぁ?」
「舐めてください。俺が、気持ちよくなりそうなところ」
満面の笑みを浮かべて、夏生は両手を広げている。……が、それはもう、天使のような笑顔だとは思えなかった。
「どこでもいいですよ。つーさんが考えてください」
夏生はにこにこと笑っていた。……とてつもなく、ご機嫌のようだ。
どこでもいいと言われても、舐めるべき場所など、大してないような気がする。とりあえず夏生の傍まで近寄って、俺は恐る恐る額を舐めた。
「うーん……。くすぐったいけど……、気持ちよくはないです」
「う……。すまない」
「謝らなくていいですよー」
と言われても……。ま、まぁいいか。とりあえず、別のところを舐めてみよう。
「うひゃ、くすぐったい!」
「耳、は……駄目か?」
俺は……、かなり、気持ちいいんだが……。やはり個人差があるんだろうか。
「んー、気持ちいいですよ。でも、つーさんほど敏感じゃないです」
「そう、か……」
なぜか俺の頭を撫でながら、夏生はにこにこしている。……いや、この笑みは期待に満ちているから、わくわくしているのが正しいか。
「んー、そこはいまいちです!」
「駄目か……」
肩と鎖骨をゆっくり舌で追ってみたが、夏生は少し首を傾げた。そのまま下に下って、綺麗に処理された脇をぺろりと舐めてみた。
「ふひゃ、そこもくすぐったい!」
「……剃ってるから、じゃないのか?」
「毛あってもくすぐったいですよ。なんなら、実験してみます?」
「いや……、遠慮しておく」
処理せずともあまり目立たない俺の脇毛をちらりと一瞥して、夏生は悪戯っぽく言った。だが、実験と称してなにをされるか分かったものではないから、その提案は丁重にお断りする。
それにしても……脇も駄目なのか。……ここはやはり。
……いやいや、さすがにそれは……。女扱いしているようで、極度の女性嫌いの夏生には不快だろうな……。俺も、あまりそこは敏感じゃないし……。
「つーさん? 動き、止まってますよ」
「え? あ、ああ!」
「……舐めないんですか?」
「……なにを」
夏生はとてつもなく嬉しそうに、笑みを浮かべた。
「乳首ですよ!」
幼子のように無邪気に、夏生は先程俺がやめておこうと思った場所を叫んだ。……どうしよう。本人に期待されていたとは……。
「いや、その……、女扱いするようで、そこには抵抗が」
「なんで? 男の性感帯でもありますよ。あ、つーさんはあんまり気持ちよくないんでしたっけ」
「あ、ああ……。お前は、どうなんだ?」
上機嫌な笑顔で、夏生は俺を見下ろす。
「多分、人並みに気持ちいいと思いますよ。ほら、実験実験!」
言われるがままに、俺は乳首の前に舌を持っていった。……弾力など全くない胸の先端で卑猥に色づいた鴇色の突起が、今の俺にはとてつもなくいやらしい……。これを、舐めるのか?
「……舐めてくれないんですか?」
だからそんな寂しそうな声で聞かないでくれ……。
「な、舐める」
どもって声が引っ繰り返ってしまったが、意を決して俺は夏生の乳首に舌を持っていった。つんと尖った先端に触れると、ぴくりと夏生の肩が震えた。更に何度か舌で突くと、あの鼻から抜ける可愛らしい声が、少しだけ聞こえてきた。……どきどき、する。
舐めながら、唇も寄せてみた。ちゅ、と軽い音を立てて、そこを吸ってみる。
「ひぁ!」
一際高い声が、夏生の口から漏れた。駄目だ、可愛くて仕方ない。止まらない……!
何度も何度も、吸ったり舐めたりを繰り返す。そのたびに、夏生は愛らしい声を上げた。普段もあまり低くないが、今の夏生の声はいつもより高くて細かった。……まるで、変声期前の少年のように。どうしよう、少年愛の知識はあっても、そういう趣味はなかったはずなんだが……。
「つー、さん……。も、やめ……」
掠れた声で、夏生は俺の頭を自分の胸から引き離した。改めて顔を覗くと、快楽に濡れて赤く染まっていた。少し、泣き出す前に似ている。
「……気持ちよかったか?」
頑張って余裕のある笑みを作り、落ち着いた声で訊いた。
「……はい」
いつになく素直に、夏生は頷いた。今すぐ抱き起こして、頭を思い切り撫で回したい……!
「つーさん、なんか……かっこいいですね。今日。どしたんです?」
「……普段は、そんなに格好良くないのか? 俺は……」
「ええ。可愛いです」
……それをお前に言われてもな……。しかも即答で断言されたぞ。お前、俺をなんだと思ってるんだ……。
「可愛くて、儚くて、危なっかしくて……、で、すっごく綺麗。黙ってると人形みたいなのに、笑ったり照れたりすると……」
ほとんど、男を形容する時に使う単語ではないじゃないか……。そんなに俺は女性的か? 自覚はないんだが。
「……やっぱ、今はいいや。つーさん、次のところ行きましょ?」
「ま、まだやるのか……?」
「もちろん。あ、ちゃんと後で、つーさんのも出してあげますからね」
だ、出すって……。いや、出すんだが。なにか、もう少し……、情緒のある表現はないものか。
「どこがいいですかねぇ。へそとか?」
「……そんなところを舐めて、先程より気持ちいいのか?」
「乳首と比べたら可哀相ですよ」
そうは言っても……、あの可愛い声を聞いてしまった後では、鈍い反応はなんだか悲しくなかろうか。
……一応、さっきのように快感を得られるであろう場所は、簡単に想像が付くのだが……。さすがにそれは、いくらなんでも、恥ずかしい。一週間前に直接俺を傷つけた、凶器のようなモノだし……。
「……ねぇ、つーさん。……ここは、やっぱ駄目ですか?」
「……え?」
夏生は俺が考えていた場所に、俺の手を持っていく。陰茎は、しっかり勃起して熱くなっていた。
「……さっき、下着の上から触ってくれた時、すっごく気持ちよかったんです。舐めてくれたら、もっと気持ちいいと思うんですよ……」
「あ、ああ……」
赤黒いそれは、少年の面影を残す夏生の顔とは裏腹に、立派な雄の匂いを発していた。……少し、汗くさいとも言う。
「……嫌だったら、やめていいですからね。手でも、イけるんで」
そう言って逃げ道を残されると、余計に逃げにくくなる俺の性格を知っているのだろうか。
俺は意を決して、舌をそれに近付けた。
「う……あ……、つーさん……」
先端を軽く舐めただけなのに、夏生は可愛らしい声を上げた。譫言のように俺の名前を呼んで、自分の股の上にある俺の頭を撫でる。……熱い手が、心地いい。
下の方から上の方へ、ゆっくり舌を移動させた。ぴくぴくと、陰茎はいやらしく痙攣する。
「ん……、は……。つーさんが……俺の、舐めて……っ」
恍惚とした声を上げて、夏生は俺の頭を両手で包んだ。力強い手が、ぐっと俺の口を夏生の陰茎に押し付ける。
「な、夏……っ」
く、口の中に入ってきた……! 息が、苦しい……!
「つーさんが、俺のちんこ、銜えてる。やーらしい」
ゆっくりと淫靡な声で卑猥な言葉を連ね、夏生は俺の耳をも犯し始めていた。どうにか鼻で息をしようとすると、俺の喉からも快楽に濡れた吐息が漏れる。……は、恥ずかしくて死にそうだ……。
「人形みたいな、綺麗な顔なのに……、今、すっごくエロいですよ。さっきのキスの時より、ずーっと、ずーっとえっちです」
嫌なのに……聞きたくないはずなのに……、俺は、耳を塞ごうとはしなかった。……やっぱり、マゾなのか……?
「歯、立てないでくださいね……。ね、動かして、いいですか?」
動かす……? あ、ああそうか……。動かさないと、このままではあまり……。
「……んん!」
突然の衝撃に、俺はくぐもった声を上げてしまった。頷こうとした俺を待たず、夏生は俺の頭を動かし始めたのだ。
「つーさん、口の中、柔らかくて……気持ちいい……! ねぇ、もっと……、舐めてください!」
「ん、ぐ……、んーっ!」
何度も何度も口の中を行き来する陰茎が、淫猥な唾液の音が、俺の思考を奪っていく。もう、なにも考えることができない……。
「んん、も、つーさん、エロすぎ……! ……っく」
「ぐ、ん……んぁ……っ」
「口の中、きつい、です……。っく、は……」
可愛らしかった夏生の声が、どんどん雄のものになっていく。動きもそれにつれて激しくなってきた。抵抗する力もない俺は、痛み始めた顎のことを庇う余裕もなく、ひたすら呼吸の確保に専念する。
「だ、めだ……。ずっと、我慢してた、から……! も、出ます……!」
……え? 今、なんて?
「つーさん、嫌なら顔離して!」
言われるままに、俺は顔を離そうとした。だが、口から夏生の陰茎が出て行った途端に、大きく跳ねる。そして、白濁した液が飛び散って、熱く、濃いそれが……俺の顔に、降りかかった。
夏生の陰茎は散々俺の口を犯し、夏生の精液は俺の顔を汚したのだった。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて起き上がった夏生が、俺の顎を持ち上げた。俺の顔中を濡らしている自分の精液を見て、泣き出しそうな顔になる。
「ティッシュ、持ってきます! 動いちゃ駄目ですよ!」
「な、夏生……?」
夏生は猛然と起き上がり、リビングへ走る。
俺の額を、頬を垂れていくどろどろとした精液が、ひどくいやらしい。だが、今の俺には、あんな顔をした夏生の方が気になっていた。
程なく夏生はばたばたと廊下を走って寝室に戻り、ティッシュを何枚も取って俺の顔に押し付けた。
「髪の毛にも、ちょっと付いてる……。ごめんなさい」
「……夏生? どうして、そんな顔してるんだ?」
自分の精液を拭き取っていた夏生は、ぽかんとした顔で俺を見る。
「あんた……、嫌じゃ、なかったんですか? 無理矢理口に突っ込まれて、顔にザーメンぶっかけられたのに」
ザーメン……。いや、今はいい。
「……驚いた。だが、……嫌じゃ、ない」
「なんだ。よかった……」
拍子抜けしたように、夏生は笑った。丁寧に俺の顔を拭いてから、額に口付けてくれる。
「気持ちよかったです。……我が儘聞いてくれて、ありがとうございました」
ぺこり、と頭を下げて、夏生は丁重にお礼を言ってきた。……恥ずかしいが、なんだか温かい気持ちになる。
「じゃ、次はつーさんの番ですね」
「え? い、いや、俺はいい……っ!」
首を横に振ろうとしたが、夏生に突然握られた俺の陰茎は、しっかり熱を持っていた……。
「いいわけ、ないでしょ? 散々俺の銜えて、こんなになっちゃってるのに」
「ち、違……、お前のを、口に入れたからじゃ……」
「……そうなんですか?」
だから、そんな寂しそうな顔は……。いや、もういい。どうせ、この顔に逆らえないんだ。
「……好きにしてくれ……」
「はい! 好きにさせていただきます!」
嬉々として敬礼までやってから、夏生はさっそく俺に口付けた。ちゅ、ちゅと軽い音を立てて、何度も何度も啄むように口付ける。ああ、もう……、可愛いな。
その内、キスはゆっくりと深くなり、可愛いなんて思っている余裕もなくなってくる。あの時のように乱暴ではないが、ひどく快感を煽る舌の動きに、俺の頭はまた麻痺していった。
キスを続けながら、夏生の手はそっと互いの体を横たえ、俺の首筋を撫でた。それから、肩、胸、腰を順繰りに撫でて、最後に尻へ向かう。慈しむような手の動きに、泣きたくなってきた。あの日のことを気にして、気づかってくれているように思えてきた。……やはり、夏生は優しい。
夏生が、優しく尻を撫でる。毎日のジョギングで、俺の臀部にはしっかり筋肉が付いていた。元々痩せがちな体だったが、こちらに来てジョギングを始めてからは、適度に肉が付いている。夏生には、それが綺麗に見えるらしい。何度も何度も、お気に入りの尻を撫でて、夏生は肉の感触を確かめていた。
しばらくしてから、一際大きく音を立てて、夏生の唇は俺から離れていった。唾液の白い糸が二人の間に引かれて、言いようのない羞恥心が俺に襲いかかる。
「……かーわいい」
殊更卑猥な声で、夏生は俺に囁いた。……そうすれば、俺の顔が更に赤くなることを、夏生はよく知っている。
「ね、どこか舐めて欲しいところ、ありますか?」
「いきなりそう言われても……、お前が考えてくれ」
「やだ。つーさんが気持ちいいところ、教えてください」
どうやら、今日の夏生はいつもより頑固なようだ。……引く気配がない。さっきまで、しおらしい顔をしていたのにな……。
「じゃあ……、お前に、さっきやったように……、舐めてくれ」
「へ? ああ、耳とか鎖骨とか、脇とか乳首とか? でも、耳以外はあんまり感じないでしょ? ……もう、ちょっと苦しそうだし……」
ちらりと俺の股を一瞥して、夏生は悪戯っぽく笑った。まるで、なにもかも見透かされているようだ……。
「……じゃ、舐めてあげますね。ここ」
つん、と指先で俺の陰茎を突いて、夏生はにっこりと笑った。無邪気な笑顔のはずなのに、とてつもなく邪気を感じる……。
指先で陰茎を優しく撫でてから、夏生は俺の股に顔を近付けた。熱い吐息が、敏感な部分に触れる。それだけで、妙な声が漏れてしまいそうだ。
「つーさん、舐めますよ?」
「ん……、んんっ」
柔らかな舌の感触が、強烈な快感を呼び起こす。こ、こんなに……、気持ちいい、のか……?
「ん、はぁ……、あ、あふっ」
「つーさん……、声、エロいです」
ぺろぺろと俺の陰茎を舐めながら、夏生は器用に喋った。
「もっと、聞かせて、ください。エロい、の」
「はぅ……っ、あ……っ、夏、ああっ……」
駄目だ、いつの間にか、夏生は俺が快感を得られるところに気付いている。勝手に、こんな声が出てしまう……。
でも……、もっと、聞きたいなら、……声を出しても、いいんだろうか。
そんな思考に陥ってしまった俺の耳を、枕元に置いてあった携帯電話の着信音が切り裂く。
「……! こんな、時間に……」
「……電話?」
俺は頷いた。こんな早朝に遠慮なく電話を掛けてくるのは、兄か驟しかいない。……よりにもよって、こんな日に掛けてこなくても……。
「出てください」
「……は?」
「ほら、出ないと心配されますよ。どうせ、霖さんか驟さんでしょ?」
「だが……っ」
反論しようとした時、夏生は俺の陰茎を思い切り吸った。更に強烈な快感が、俺の思考を奪う。
「ほら、早くしないと……。電話、切れちゃいますよ?」
そう言って、夏生は俺の股から顔を離した。ほっと安堵の溜息を吐いて、俺は這うように自分の布団に戻る。携帯電話の着信は、兄からだった。
「……もしもし」
声が掠れている。勘の鋭い兄なら、なにか気付かれてしまうかもしれない……。
『光、気付くのが遅かったな。ジョギング中か』
「え、ええと……」
……待て、なんでお前は、また俺の股に顔を埋めているんだ。
『そちらは雨らしいが、走っていて大丈夫なのか?』
「は、い……」
なんでお前は、また俺のを舐め始めているんだ……!
『あまり、無理をするなよ。体は元に戻ったのか?』
「……っ、はい、もう、大丈夫……です」
……とてもではないが、大丈夫な声には聞こえていないだろうな。それもこれも、夏生が俺の陰茎を銜えて、舌で舐めているからなのだが……!
『……光、どうした? 少し辛そうだが』
「え……? いえ、あ、まだ……体力が、戻ってない、のかも……」
淫靡な声を漏らしそうになるのをなんとか耐えながら、俺は懸命に言い訳を考えた。
『あれは、その後ちゃんとお前の傍にいるか?』
しっかり今も目の前にいて、俺の陰茎を刺激していますとは言えない……。
「はい……。一緒に、いてくれ、ます……」
『そうか。またなにかあったら、すぐに言え。できる限り早くお前のところに行ってやる』
どうしよう……。兄さんが珍しく優しいことを言ってくれているのに、全く集中できない。夏生の舌はいっそう激しくなってきている。
『光?』
「は、はい」
『お前、本当に大丈夫か? ……声が、まだ掠れているようだが』
まずい、気付かれる……?
血の気が引いて、固まってしまった俺の手にある携帯電話を、夏生はさっと取り上げた。当然、俺への刺激は止まっている。
「ども」
『……なんだ、いきなり』
少し遠くで、兄の声が聞こえる。安堵から脱力して、俺は横になった。
「ちょっと、光さんがしんどくなったみたいなんで、交代しました」
意地悪な笑みを浮かべながら、夏生は俺を見ている。とりあえず……、今は呼吸を整えるのが先だ。
『あれにあまり無理をさせるな。今は知らんが、元々、母に似てあまり丈夫な方ではない』
「はーい」
空いた手で、夏生はするりと俺の背中を撫でる。ぞくぞく、する……。早く、電話を切ってくれ……!
『……ところで、母の法事にはお前も来るのか』
「え? ああ、十三回忌でしたっけ? 行きますよ。法事に出るのは無理でも、一緒に墓参りして欲しいって言われたんで」
……兄さん、なぜ今、そんな長くなりそうな話題を……。
『お前が出たいと言うなら、かまわん。ただし、正装を持ってこい』
「正装? 喪服、ですか?」
『なければ、普通のスーツでもかまわん。あまり明るい色では困るがな』
夏生の手は、するすると俺の股間に伸びていった。……もしかして、まだやるのか……? だ、駄目だ、これ以上は、さすがに拒否しなければ……。
『お前も今年で二十歳なんだろう。一つくらい持っていないのか』
「えーっと……、入学式の時の、スーツくらいなら。……グレーですけど」
夏生の手を取り押さえ、俺は安堵の溜息を吐いた。とりあえず、これで兄に妙な声を聞かれる心配はない。
『なければ、買ってやる。……あまり非常識な格好で来られては、栗花落家の品格に関わるからな』
「そんな、いいですよ別に! あ、光さん落ち着いたみたいなんで、代わりますか?」
おい、待て……! まさか、また……!
『いや、かまわん。落ち着いたなら、さっさと家に帰れ』
「はーい。じゃ、切りますね」
『ああ……。……あまり、光で遊ぶなよ』
「……へ?」
ぷつり、と音がして、電話は切れた。……やはり、兄は気付いていたか。今度、電話が掛かってきた時、どんな声で出ればいいんだ……。
「釘、刺されちゃいましたね」
「当たり前だ! 電話口であんな声を出していたら、あの人に気付かれないはずがないだろう!」
ついきつい物言いをすると、夏生はしゅんと項垂れた。
「……ごめんなさい。調子に乗りました」
「分かったなら、いい」
すっかり冷めてしまった体を起こして、俺は服を手に取った。さすがに、これ以上やる気にはならない。
「え、つーさん?」
「腹が減った。……朝食にしよう」
「でも、まだ」
「いい。もう勃っていない」
夏生は泣きそうな顔で俺の股間に手を伸ばした。すっかり萎えてしまった陰茎に触れて、ますます肩を落とす。
……少し、可哀相になってきた。だが、自業自得だ。萎えてしまったものは、仕方ない。
「……ごめんなさい……」
「……あまり、他人を巻き込もうとしないでくれよ」
「はい」
殊勝な返事をする夏生の頭を撫でて、俺は立ち上がろうとした。しかし、俺の手を握り締めて、夏生はじっと俺を見上げてくる。
「嫌に、なりました?」
「なにが?」
「……俺との、セックス」
ゆっくり、首を横に振った。再び頭を撫でて、膝を突く。
「嫌じゃない。……ただ、誰かに邪魔をされるのは嫌だ。……まして、兄さんに聞かれるなんて……」
思い出しても、背筋が寒くなる。やっぱり、電話なんて無視すればよかった……。
「……でも、霖さんと話してた時、興奮してました」
「え?」
夏生は俺の両腕を掴んだ。睨むような視線が、俺を見上げている。
「ねぇ、霖さんに聞かれて……、どうして興奮したんですか?」
「違う、あれは……、興奮したんじゃない。……恥ずかしくて……」
「恥ずかしくて、興奮したんでしょ? 霖さんに聞かれるかもしれなくて、どきどきしたんでしょ? 霖さんの声聞いてる時、つーさんの……!」
「違う!」
両腕に、夏生の手が食い込む。……痛くて、仕方ない。どう説明したらいいか分からなくて、俺は肯んぜない子どものように首を横に振った。
「……ムキになって、否定しないでよ……。余計、疑いたくなる……」
「違うものは、違う。どうしたら分かってくれるんだ……」
どうして、今日の夏生は執拗に兄に嫉妬するんだろう?
「夏生……、兄さんは関係ないだろう? どうして、さっきからあの人のことを気にしているんだ」
「だって……、霖さん、つーさんのこと、すっごく心配してます。つーさんも、心配されてるの、満更じゃなさそうだから……。……もし、霖さんが本気になって、つーさんのこと好きになったら……、俺、対抗できません」
…………待て、なんでそうなるんだ? どうして、夏生の思考の中に、あの人と俺が兄弟だということが抜けているんだ? というか、そもそも兄はゲイじゃないことくらい夏生にも……。あ、そうか。いつぞや疑っていたな。まだ気にしていたのか。
「あのな、夏生。あの人は別に、お前から俺を奪ったりしないよ。確かに脅しのようにそんなことを言ってはいるが、俺のことを思ってくれているなら、実行には移さないさ。大体、あの人は俺の兄で、妻子もいるんだぞ?」
「分かんないでしょ! あんたが俺を受け入れてくれたことだって、奇跡みたいなもんだったんだから! だったら、そんなことだってあってもおかしくないです!」
……奇跡、か。
「夏生」
俺は、なるたけ優しく夏生に声を掛けた。
「もし兄が、そんなことを言い出しても、俺は受け入れないよ。何度も言っただろう? 俺は、お前がいいんだ。その……、性交だって、……恥ずかしいが、お前となら耐えられる」
「……ほんとに? もし、今度実家に帰った時に、霖さんが迫ってきても……拒否できます? 流されない?」
だから、なぜそんな方向に話が……いや、やめておこう。困ったことに夏生は大真面目だ。
「拒否する。流されない。絶対にだ」
「……押し倒されても、逃げられますか?」
「ああ」
まず間違いなくそんなことはあり得ないだろうが、俺はしっかりと頷いた。
ようやく、夏生の笑顔が少し戻ってくる。夏生は手の力を抜いて、俺の腕を優しく握った。
「夏生、もっと自信を持て。俺はお前以外の誰かに、……こんな風に、……あー、迫ったり……しない」
「はい……」
「……それにしても、なんで今日は、そんなに兄さんが気になるんだ? あの人の心配性は、今日始まったことじゃないだろう」
苦笑しながら、俺は改めて訊ねてみた。夏生は拗ねたように視線を逸らして、ほんのり頬を染める。
「別に、今日だからじゃないですよ。……この間、霖さんとつーさんが並んでるの、すっごく絵になってたから……」
「…………はぁ?」
「な、なんですかその反応! 俺には、人形みたいに綺麗な人が二人並んでたから、お似合いに見えたんです!」
あ、あの兄と俺が、絵になる? しかもその絵は、夏生にしてみれば兄弟ではなく恋人同士なんだろうな……。
「……勘弁してくれ。あんな過保護で束縛してくる上に、頑固で人の話を聞かない人間、こちらから願い下げだ」
「でも、最近は霖さんの束縛も過保護も、嫌がってないじゃないですか!」
「それは、兄の意図が分かったからだ。家族として心配してくれているのはありがたいと思っている。たった一人の兄弟だからな。だが、それがなんで恋愛感情になるんだ?」
う、と夏生は呻いて、赤い顔を俯かせる。
……一応、理路整然と説明しているつもりなのだが、夏生はよく理屈から離れた思考をする。分かってくれたら、いいんだが……。
「俺には……、それが恋愛感情に見えちゃうんです。……つーさんたちに、そのつもりがなくても。……ゲイ、だから」
「……夏生」
「変なのは……、分かってます。けど、そういう風に見えちゃうんです!」
ああ……、なるほど。ようやく、夏生の不安の元が分かった。俺とは根本的に、感覚が違うんだな。
「変じゃない。お前は、そういう感覚の持ち主で、俺はそうじゃないだけだ」
「……フツウじゃない」
「だから? フツウのお前だったら、こんな俺を好きになってくれたか?」
夏生は首を横に振って、膝立ちになったままの俺の腹に抱きついた。……愛しくて、仕方ない。
「つーさん、ごめんなさい……」
「……ああ。……ほら、泣かないでいい」
座って、夏生と正面から向き合う。目元に溜まっている涙を指で掬って、そっと瞼に口付けた。夏生はくすぐったそうに目を閉じる。
ちょっと迷ってから、俺は夏生の口に触れるだけのキスをした。それから互いに笑い合って、抱き締めた。素肌の触れ合いは、心地よい安心感をもたらす。
……幸せだな。
「……くしゅんっ」
「ん? 寒いか?」
「はい。つーさんは?」
「俺も少し。服、着ようか」
苦笑し合って、自分達の衣服を手に取る。ようやく、俺達は文明人らしい格好に戻った。
「あ、つーさん、前髪……」
「ん?」
「……まだ付いてます。ザーメン」
ざ、ザーメン……。やはり、もう少しマシな言い方をしてくれないだろうか……。まぁ、いいか。俺も、神経質になっているかもしれない。
「髪を洗ってくる。お前は、トーストを焼いておいてくれ」
「あ、待って。それなら、一緒に入りましょうよ」
「お前、それもまだ気にしてたのか」
先程の一緒に風呂に入ってくれない云々の話を思い出しながら、苦笑した。
「シャワーなら、別に浴槽は関係ないでしょ? ……俺が掛けたんだから、俺が洗いますよ」
そう言って、夏生は俺の手を引っ張って強引に脱衣所へと連れて行く。……まぁ、夏生も望んでいることだから、たまには一緒に浴びてもいいか。
脱衣所に入ると、夏生は先程着たばかりの服を脱ぎ始めた。俺も自分の服を脱いで、再び一糸まとわぬ姿になった。
「うん。やっぱ、綺麗」
俺の体を上から下まで眺めて、夏生はにっこりと笑う。こんな風に言われてしまうと、なんだか照れくさい。
「いい体してますよね、つーさん」
後ろ手で風呂のドアを開けながら、夏生は率直に言ってきた。
「……そうか? まぁ、昔は痩せぎすだったから、今はかなりマシな体格になったとは思うが……」
「綺麗ですよ! 適度に筋肉付いてて、いらない脂肪は付いてなくて、めちゃくちゃ羨ましいです」
「お前も、一緒に走るか? 体力も筋肉も、適度に付くぞ」
風呂場に入りながら、夏生にそう提案してみる。実は、付き合い始めた頃から考えていたのだが、寝坊の夏生には気乗りしないかと思って言い出せなかったのだ。
「うーん、つーさんが今日みたいな感じで起こしてくれるなら、頑張って走ります」
「ま、毎日裸でキス……? さすがにそれは」
シャワーのコックを捻っていた夏生は、慌てて首を振った。
「裸じゃなくてもいいですよ! そっちじゃなくて、目覚まし代わりのキス。俺、憧れてたんですよね」
「……少女趣味だな」
「ほっといてくださいよ! ……ほんと言うと、妹の持ってる昔の少女漫画、けっこう好きだったんですよね。あんま、人には言わなかったけど」
……シャワーの温度を調節している夏生の口から、聞き覚えのない単語が聞こえた。
「妹?」
「ええ。妹。二つ下の。言ってませんでしたっけ?」
「全く、聞いていないが……」
妹……夏生の。……あまり、想像できないな。
「そうか、妹がいたのか……」
「はい。なんか、とっくに話したような気になってましたけど、そういやあんまりあいつのこと話してませんでしたねぇ」
夏生は俺の頭にシャワーを浴びせた。少し温めの、心地よい湯が全身に伝う。
「名前は小夏です。俺と同じで、夏に生まれたから。うちの親、安直ですよね」
「……そんなことはない。お前の名前は、苗字と合わせてもとても綺麗な響きになる。字面もいい」
「褒めても、なんにも出ないですよー」
照れくさそうに笑いながら、夏生は俺の頭に念入りに湯を通す。それからシャワーを止めて、シャンプーを手に取った。
「目、閉じててくださいね」
言われるままに目を閉じると、夏生の指がやわやわと俺の頭を揉み始めた。頭皮をじっくり洗ってくれるようだ。こういう洗髪は、編入前に理容室に行って以来だな。……そう考えると、随分と髪を切ってない。
ぼんやりとそんなことを考えていると、夏生は頭皮のマッサージをやめて精液が掛かったあたりを洗い始めた。丁寧に丁寧に、髪の毛を梳くようにして精液を落としていく。
「……そんなにしなくてもいいぞ」
「駄目です。ザーメンって取れにくいんですよ」
「……せめて、精液と言ってくれないか」
「へ? あ、ああ、すいません」
……単語だけなのに、なんだか恥ずかしくなってきた。
「あ……」
「どうした?」
「いいえ、なんにも。流しますね」
夏生はシャワーのコックを捻ると、また少し調節してから俺の頭に湯を掛けた。何度も頭皮を揉み、髪を梳くように指を通しながら、シャンプーを洗い流していく。もし横になっていたら、眠ってしまいそうなほど心地いい。
しばらくそうして湯を浴びていたが、不意に夏生の手が頭から離れていった。シャワーノズルを引っかける音とコックを捻る音がほぼ同時に聞こえて、湯が止まる。
顔に付いた湯を拭って目を開けると、夏生はいつの間にか膝を突いていた。
「……夏生?」
「あの、……つーさん。……嫌、かもしれないけど……」
そう言って、跪いた夏生は俺の股間に顔を寄せる。
「な、夏生?」
「ちょっと、勃ってる。……やっぱり、さっきの……、出したいですか?」
「それは……」
……萎えてしまったと思っていたのに、俺の陰茎は徐々に硬度を取り戻し始めていた。さっきの、夏生の指のせいなんだろうか? ……快楽とは、程遠いはずなのに……。
「……嫌なら、しないけど……。もしつーさんが我慢してるなら、今度はちゃんとやります」
真っ直ぐな目で、夏生は俺を見上げた。……この純粋な目に、俺は弱い。
「分かった……。やってくれ」
「……はい!」
明るい声で返事をして、夏生はさっそく唇を寄せる。
「……ん、……は」
先端からゆっくりと下に向かって舐められ、繊細な快感が俺の背中を駆け抜ける。……あられもない声が、また出てしまった。思わず、俺は口を押さえた。
「聞かせて、ください……」
……睾丸を舐めながら、夏生は快楽に濡れた声で言った。だが、舌がもたらす強烈な快感は、俺から言葉を奪い去っている。なにも答えられず、俺は首を振った。
「恥ずかしがらないで……。俺、つーさんの声、聞きたい」
「そうは、言っても……!」
「さっきは、聞かせて、くれたのに……。なんで?」
先程は、まさかこんなに気持ちいいとは思っていなくて、油断していたとは言えない……。こんな、女性のような高い声は、極度の女嫌いの夏生には気持ちが悪いだけだろうに。それに……。
「……風呂、は……、声が、響く」
反響した自分の喘ぎ声なんて……、聞きたくない。だが、夏生は納得してくれる様子がなく、俺の陰茎を銜えたままにっこりと笑った。……う、可愛い……。
「響くから……、余計、聞きたい。……ねぇ、聞かせて、ください」
だ、駄目だ。ここで引いてはいけない。結局、恥ずかしい思いをするのは俺なんだ……。
理性を奮い立たせ、俺は首を横に振った。だが、夏生は熱に熟れた目で俺を見つめる。
「ねぇ、聞かせて……、光」
「な、つき……?」
どくり、と心臓が大きな音を立てた。陰茎も、ぐっと質量を増したようだった。……そんな、悦楽に溺れたような声で、俺の名前を呼ばないでくれ……!
「光……、手、どけて?」
呼ばれ慣れない名前が、夏生の口から再び漏れる。たったそれだけのことで、俺の陰茎はどんどん硬度を増しているようだった。強い羞恥心から来る意地を、僅かな喜びが追い出していく。結局、俺は、そっと……手を取った。
「……ふ、ぁ……っ、くぅ……っ」
手を取った俺を満足そうに見上げて、夏生は口を前後に動かし始めた。案の定、自分の声が響いて、俺の耳に快楽を突き立てた。
「あ、ふ……っ、夏生……」
ん、と声にならない声で、夏生は俺の呼び声に答えた。
そして、陰茎の裏側に舌を這わせ、口を前後させながらそこを舐める。……駄目だ、気持ちよすぎる……!
「んんっ、ん、ああっ、夏生……、夏生……!」
途方もない快楽が、俺の理性を焼き切る。がたがたと膝が震え、俺はとうとう風呂場の壁に背を預けてへたり込んでしまった。じゅるり、という水音と共に、夏生の口内から俺の陰茎が抜ける。
夏生は唾液と俺の先走った液にまみれた口を、腕で乱暴に拭った。その雄めいた力強い仕草が、普段の夏生との強烈なギャップを生み出す。
「立てなくなったんですね。……ね、光」
三度、夏生は熱で溶けきった声で俺の名前を呼んだ。恍惚とした目で、快楽にまみれている俺の顔と、はしたなく濡れ光った陰茎を見る。それだけで、情けないことに俺の陰茎は震えた。
「可愛いなぁ。大丈夫、すぐにイかせてあげますからね」
「夏、生……!」
再び、夏生は俺の陰茎を思い切り銜えた。先程以上の速さで、激しい音を立てながら俺を責め立てる。その卑猥な水音も壁に反響し、俺の羞恥心を掻き立てていた。耳を塞いでしまいたい衝動に駆られたが、俺の手は耳ではなく夏生の頭に向かう。
手の動きからも、夏生の激しさが分かる。異様なまでの快楽を感じながらも、心の隅が温まっているのに気付いた。
「夏生……夏生、ああ……っ」
限界が、近い。僅かに溶け残った理性が、夏生の口内へ射精することを拒否していた。
「夏生……っ、やめ、離せ……っ」
言葉にならない単語を漏らした俺を、夏生は上目遣いに見上げた。口いっぱいに頬張った俺の陰茎が、見えては隠れ、隠れては見える。それだけでも、達してしまいそうだった。
「頼む……離し……っ、ああああ!」
夏生の目は、嗜虐の喜びを宿していた。一際強く陰茎を吸って、俺にとてつもない快感を叩きつける。
途端、意識が白濁した。爆発するような快楽の後、俺は夏生の口内に、たっぷりと精液を吐き出していた……。
射精後の気怠さに身をゆだね、呆然としていると、夏生が口の中の精液を飲み込む音が聞こえた。
「いっぱい、出ましたね」
「な、……夏生、飲んだ、のか……?」
「へ? ああ。そりゃ、ね。吐き出すの勿体ないから」
も、勿体ない……? とてもではないが、そんな風には思えない……。
「ちょっと甘い。つーさん、健康だからですかね」
「あ、ああ……」
呼び方がいつも通りに戻って、少し安堵した。普段からあんなにいやらしく名前を呼ばれてしまったら、夏生に下の名前を呼ばれるたびに……興奮してしまいそうだ。
「すっきりしました?」
「……ああ。その……、すまない。女のような声を、上げてしまって……」
夏生はきょとんとした顔で、俺を見上げた。
「なんで? 俺、つーさんの喘ぎ声、大好きですよ」
「だが、女性は嫌いなんだろう?」
「それとこれとは別! てゆーか、つーさんの声は女っぽくないですよ。可愛いけど」
また可愛いと言われてしまった……。うーん、可愛いの基準が分からない。
俺がそんなことを考えている内に、夏生はシャワーを出して、俺の陰茎を丁寧に洗った。遅れて出た精液も全て流すと、今度は自分の口をゆすぐ。
ぼんやりとした頭でそれを見守っていると、口をゆすぎ終えた夏生がシャワーを止めた。座り込んだままだった俺に、手を差し伸べる。
「さ、上がりましょう? 腹減りましたよ」
「……ああ」
脱力したままでは、いられないな。休日とはいえ、一日は長いんだから。
俺は夏生の手を取って、腰を上げた。無邪気な笑みを浮かべ、夏生は俺を見上げている。……幸せだな、と思った。
夏生と共に風呂場を出て、バスタオルで体を拭くと、いつも以上の爽快感が全身を包む。とてつもなく恥ずかしかったが、こういう快感も悪くはないな。
「あ、そうそう」
思い出したように、夏生は突然声を上げた。そして、俺の手を取って自分に引き寄せる。
夏生は、俺の手を自分の股間に押し当てた。……勃起、している。
「……飯食ったら、もう一回しましょうね? ……光」
そう言って、夏生は俺の耳たぶに、舌を這わせたのだった。
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