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長浜城攻略
さくと左月は大殿の元を辞し、弥三郎の元へ向かった。
「拙い事になりましたな。」
左月はさくの顔色を窺いながら言った。
「そうですね。」
「どうされますか?」
「弥三郎様に大殿の御決意をお話する以外ないでしょう。」
「・・・・・・。しかし、姫様。お話したとしても、あの状態では城攻めなど、とても無理で御座います。」
「でしょうね。」
さくは他人事の様に言った。左月はさくの真意を図りかねていた。どうするお積りなのであろうか。
「かくなる上は力攻めあるのみじゃ。」
さくは静かに言った。
「はっ?」
「力攻めじゃ。宮脇家の精鋭を集めて、弥三郎様の代わりに長浜城を攻略する。」
「しかし・・・・・。野戦ならまだしも、城攻めとなったら・・・・・・。どれだけの犠牲が出る事やら・・・。」
長浜城。こちらとの境界線に位置する敵方の堅城である。最前線に位置する為、敵の精鋭が備えを固めている。簡単に落ちる城ではなかった。ここを力攻めするとあれば、かなりの犠牲を覚悟しなくては・・・・。さくは気が重かった。弥三郎の為とはいえ、その為に宮脇家の者たちに犠牲を強いてもよいものなのか。だが、犠牲を惜しめば、弥三郎は将としての資質に欠けるとして、廃嫡されるであろう。どうするか?
弥三郎は意識不明のはるの枕元に座って、泣きながら鼻を啜っていた。さくと左月はその女々しさに些か鼻白むところがあった。
「弥三郎様。お話が御座います。」
さくが話しかけても、弥三郎は顔を上げなかった。
「敵方の長浜城の攻略を大殿から仰せつかりました。」
「・・・・・・。」
「ご心配無用に御座います。宮脇家が如何なる犠牲を払いましても長浜城、落としてご覧にいれまする。」
さくは弥三郎に力強く言った。弥三郎の為に如何なる犠牲も受け入れる覚悟であった。
「・・・・・・。」
「それでは宮脇の家に戻って、父と話して参ります。はるの事、お頼み申します。」
さくと左月がその場を離れようとすると、弥三郎が言った。
「如何に攻めるつもりか。」
「・・・・・・。力攻めしか、方策は御座いませぬ。」
「もう、犠牲はまっぴらだ。さくや左月が死ぬのは嫌だ。」
「・・・・・・。人は皆、必ず死にます。さくも左月も志の為ならば、命は惜しみません。」
「こころざし?」
「さく達は見とう御座います。弥三郎様がこの国を平穏にお治め下さいますのを。」
左月も笑って言った。
「私は弥三郎様にお供して、上方に攻め上って見とう御座います。」
「・・・・・・。確かに、以前、その様な事を言ったが、私がうつけであった。父上にも言われた通り、私は誇大妄想狂だ。自分の可能性を見誤っていた。大きすぎる夢であった。」
弥三郎は喪主の様に暗く言うのだった。さくは優しく諭すように言う。
「夢は大きい方が良いのでは。世の中には何の目的も無く、日々を過ごすものが大半。志がある事は素晴らしい事ではありませんか。」
「・・・・・・。」
「皆、自分の可能性に自信が無いもので御座います。ただ、人に何と言われようが、信念を曲げないものだけが大事を成すのです。自分の可能性を一度の失敗で卑下して、否定するのは人の上に立つもののすることでは御座いません。」
「・・・・・・。」
「大殿も弥三郎様なら出来るとお考えなので、城攻めをお命じになられたのです。弥三郎様の可能性を大殿は信じておられるのですよ。」
「・・・・・・。」
「さくも左月も信じております。」
「・・・・・・私に・・・呆れてるのではないのか。」
「何故、呆れますか。感心しております。」
「・・・・・・。何を感心するのだ。」
「この前の辻斬り討伐はかなり危のう御座いました。ですが、なんやかんやで弥三郎様は生き残られた。天命が無ければ、死んでいましたよ。天に生かされたのです。弥三郎様はまだ、これから為すべきことがあると、天は言っておるのです。」
「天に・・・・生かされた・・・。」
「そうです。まだ、やりたい事がおありなのでしょう。」
「ある。本山氏を降し、上方に打って出る。」
「なら、それをおやりになれば宜しいのではないですか。」
「・・・・・・。無理だ。」
「やりもしないで、何故、無理だと決めつけなさるのです。やってみれば宜しいではないですか。やってみて出来なかったら仕方がない。ですが、やりたかったのにやらなかったでは後悔が残りませんか。」
「・・・・・・。」
「弥三郎様はやれば出来るお方。それを信じているからこそ、さく達は命を懸けられるのです。だからはるも命を懸けた。志の為にです。」
「・・・・・・。」
「弥三郎様にも立派な志がおありでしょう。捨ててしまうのですか。志の無い情けない人間の為に、はるは犬死したのですか。」
「・・・・・・。違う。はるや左京を犬死にはさせぬ。」
弥三郎はキッパリと言った。
「その言葉が聞きとう御座いました。それではさくにお命じ下さい。長浜城攻略を。」
決意を固めた弥三郎の下知をさくは待ったのだが、弥三郎の答えは意外なものだった。
「長浜城、力攻めには及ばぬ。」
「はっ・・・・・?」
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