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「あ、どうもこんばんわ!」
いる事は知っているくせに、何ともわざとらしい反応をしやがる。
『一か八かに賭けてみたら偶然いた』といういかにもな反応を見せた男は、無駄に元気のいい挨拶をした。
「どうも……どういったご用件ですか?」
「今、近隣の皆様に挨拶をして回っておりまして。ご主人には中々お会いできなかったので改めて挨拶に参りました」
「そうですか、どういったご用件ですか」
「あ、その事についてお話したいので……そのままですとちょっと……お話しづらいかと思います~」
ドアの隙間から覗く私が気に入らないらしく、直接的ではないが確実に男はドアチェーンを外せと言っている。
挨拶だというのならさっさとして帰ればいいではないか、確かに私の反応は褒められたものではないかもしれないが、突然やってきた素性の知らない人間を警戒するのは当然である。
だがこの男、やはり私が話を聞くまでは帰らない腹積もりらしい。
仕方なくドアチェーンを外し、扉を開けた。
玄関先に立っていたのは、黒いダウンジャケットを中肉中背の男だ。
若干色黒で、私の苦手な少しこなれた社会人感のあるような雰囲気を放ち、口元には嘘くさいニタニタとした笑みが浮かばせ、いかにも今からあなたを騙しに来ましたというような風体だ。
「ああ、ありがとうございます。私、J不動産から来ましたAと申します」
「はあ」
「今、各世帯の皆様に挨拶をして回っておりまして、昨日の昼ごろにも来たのですがいらっしゃらなかったようでして」
それはそうだ、いるわけがない。
私はこの時、シフト制の仕事をしていたため当然ながら休みは不規則だ。加えて年末の忙しい時期で残業も重なっていたため、帰る時間はいつも二十一時近くだった。
十八時などに来られても出れるわけが無い。
「それでですね、いま我が社の不動産に関する取り組みについてご説明させて頂いております。ですが、全ての方に説明しているわけではなく、取り組みに該当する方、そうでない方におわけしておりまして、そこをはっきりさせたいのですが……ご主人さまのご職業は何でしょうか?」
ほう、こいつめ、夜分にどうのという口上すらなく話を始めやがった。
思っていなくてもそういうのはテンプレのように言うのでは無かろうか? ちなみに私の名誉のために言うが、普段の私はここまで人の言動の節々にまで、難癖を付けるようなめんどうくさい人間ではない。
私も相手も当然人間、ましてやテンプレ言葉など何百も繰り返していればポロリと抜ける事もあるだろう。それに私自身、褒められた言葉遣いではない。
だがこのAは、そういった部分にも目を向けさせるような妙にささくれだった苛つきを覚えさせるような男だった。
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