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芸術
画商の新人が、絵画界の巨匠・黒瀧黒三郎のアトリエを訪れた。先日上司がまとめあげた商談の絵画を一幅、譲り受けに来たのだ。
黒瀧は新作を制作中だった。新人は言った。
「これはこれは。先生。画商モナミの者です。本日は絵を引き取りに馳せ参じた次第です」
「完成作品はそこに並べてある。持っていけ」
新人は壁際に目をやった。
真っ黒に塗りつぶしただけのキャンバスが四幅、そこにはあった。
「ええとーーこれですか」
新人は一番左の絵を持ち上げた。どれもおなじに見えたのだ。
黒瀧が叫んだ。
「馬鹿。きみのところの絵は、〈闇夜、カラスに墨汁を塗っている黒ずくめの男〉だ。その絵は、〈真っ黒な潜水艦が深海を突き進みながら黒いミサイルを発射する〉だぞ。どこに目を付けておる。このひょうろくだま」
「も、申し訳ありません」
新人はとなりの絵を取った。どれも黒一色で見分けがつかない。
「こ、これかな」
「馬鹿もん」黒瀧は再び叫ぶ。「それは、〈暗黒の洞窟で黒コウモリとオオサンショウウオが繰り広げる死闘〉だ。全然違うだろ。しっかりしろ。まぬけ」
「も、申し訳ありません」再び頭を下げる新人。「え、絵に関しての知識がまだまだで、若輩者でして」
「ふん。そんなんで、私の大事な絵を任せられるのかね」
「誠に相済みません。では」新人はそのとなり、左から三番目の絵画をうやうやしく持ち上げる。
「うん。これこそ傑作。先生の代表作ともなるべき絵だ。すばらしい」
「大馬鹿もん」
黒瀧は大口を開けつばを飛ばしながらののしった。
「それは、失敗作を真っ黒く塗りつぶしただけのやつだ」
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