秘密工作員

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 妻とたっぷり愛し合って久しぶりに熟睡し心地よく目覚めた日曜の朝、トイレに座っていると携帯の個別に設定していた着信音が凄く久しぶりに鳴った。  すっかり忘れていたが私は秘密工作員だった。 ズームではなくスカイプで顔を見た司令官もしばらく見ない間に随分と老けていた。 「周りに誰もいないか?」と確認され「トイレの中ですから」と言うとうなずいた。 「久しぶりの指令だが、体はなまっていないだろうな?」 「体を動かすのは趣味ですから。タクシー乗務の前に毎朝ジョギングしています。今朝もこれから走るところでした」 「良いことだ。では早速伝える。中東のイラミール共和国の大使館に潜入し、大使の秘密が書かれている機密文書を奪取することが君への指令だ。文書の中を撮影し、文書そのものはその場に置いてくることが望ましい。大使館は六本木にあるのは知っているな?」 「知っています」 「よろしい。イラミール共和国は今晩、内外の多くのゲストを呼んでパーティーをする。タキシードを着て、君の家のポストに入っている名札を付ければすんなり入れるはずだ。あとの詳しいことはポストに入っている手紙に書かれている。成功を祈る」  トイレから出て冷たい水を一杯飲み、妻の寝顔に、 「ちょっと危険だけど、今月は臨時収入が入るよ。買い替えたいと言っていた洗濯機が買える。良かったね」  ポストには切手の貼っていない封筒が入っていた。機密文書は大使館の三階の部屋にあり小さな金属製の箱に入っている。日曜はその部屋にパートタイムの女が数時間だけいるがその女がいなくなるのを待ってはいけない。その女のおならの音に反応して箱の鍵が開くようになっているからだ。女を眠らせる煙幕と、おならを出させる手順が書かれているがこの方法を調べ出すまでに幾人もの工作員が消えていったという。同封されていた蛍光の赤い油性マジックと、手順の部分を折ってポケットにしまった。  金持ちの中東の国らしく招待客にはマジシャンやミュージシャンなど多くのアーティストがいて賑わっていた。  眠り薬が入った煙幕を三階の部屋のドアの下の隙間から入り込ませて二十分、ドアを開けると女がうつ伏せで寝ていたのは好都合だった。そ〜っと女のパンツを脱がして赤いマジックと箱を開ける手順が書かれた紙を取り出した。初めに女のお尻の臀部、ほっぺたにあたる右と左の尻ペたにそれぞれマジックで直径十センチほどの円を描く。女が起きないように暗くした部屋でもよく見えるようにし、初めに右の尻ぺたの円をわしづかみしたまま右に二回、左に三回廻す。次に左の尻ぺたをわしづかみ右に三回、左に四回廻した後に両方の尻ぺたを指でツンツンと押すと、女が『ブッブー』と二回おならをした。すると『カチッ』と音がし、金属の箱を手に取ると蓋が開いた。白い封筒に入っていた紙には(大使のキライな物は納豆とクサヤ)と書かれていた。 「なんじゃこりゃ!普通に外国人が嫌いなものじゃないか。こんなもののどこが機密なんだ!」  声に出しそうな自分を抑えて写真に収めすぐに大使館を出た。久しぶりの工作員の仕事に極度の疲労を感じ帰宅する前に居酒屋でビールを注文し司令官に機密文書をメールで送るとビールよりも先に電話がきた。 「問題なくミッションが成功して何よりだった。ところで君は最近外国人と結婚したそうだが我が国は工作員が外国人と結婚することを禁止していることを君は忘れたのかね?」  そりゃそうさ、工作員ということすら忘れてたいたんだから!と言ってしまいそうな気持ちを抑えて私は冷静に答えた。 「はい、すいません忘れていました。申し訳ありません。台東区根岸の一区画だけの国家ですから忘れていました」 「仕方ないな、外国人と結婚したのは君が初めてではない。実は全員なのだ。で、報酬だが日本円が良いかね?ドルかね?それとも我が国のギロリンかね?」 「なんですかギロリンって!初めて聞きましたよ。子供の頃から小遣いは円でした!」 「すまん、言ってみただけじゃ」  家に着くと妻はまだ寝ていた。優しく妻のお尻を撫で回しそ〜っとパンツを脱がすと驚く光景が目に入った。なんとその尻ぺたに赤い丸が描かれていたのだ。私はポケットから手順の紙を出し、恐る恐る妻の尻ぺたをわしづかんで右に左に回し、最後に妻の両方の尻ぺたを指で同時に押すと『ブッブー』とおならをして『カチッ』と音がした。音がしたのは妻が大事にしている指輪入れの箱で、開けると白い封筒に紙が入っていてそれには『ダーリンの好きなものはインゲンの天ぷらとビール』と私の好みが書かれていた。 「ナンジャコリャー!」 私は妻の尻に噛み付いて叫んだ。
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