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2.側用人・木下義郎1
私の名前は木下義郎。
五代将軍、徳川綱吉公の側用人の一人である。
側用人といっても公方様のお気に入りである柳沢様や牧野様に比べたら私など物の数にも入らない側近だ。たまたま、牧野様に気に入られて推薦されたから側用人になれたような存在。「棚から牡丹餅」とは私の事だな。公方様の元でそこそこ頑張って、後はのんびり過ごしていればいいと思っていた。なにしろ、寵臣の柳沢様が傍にいる限り他の側用人が日の目を見る事はない。かといって、牧野様のように美しい奥方と娘を持ったせいで公方様に目を付けられるのは御免だ。御息女は自害して果てたというし、意気消沈した牧野様は隠居を申し出て江戸城を去った。牧野様がいない今、柳沢様の天下なのだからな。まぁ、噂によれば柳沢様も牧野様と同じ目にあったと言われているが本当だろうか?
柳沢様が御自身の側室を公方様に差し出したと囁かれている。
しかも、牧野様とは違って柳沢様は己の出世のために側室を喜々として公方様の閨に送り込んだというのだから恐ろしいものだ。
そこまでして出世がしたいのかと考える。
元々、野心など持ち合わせていない私だ。柳沢様のような真似は到底出来ないし、しようとも思わない。
結局、側室は公方様から早々に飽きられてしまったという話だが、柳沢様に対する公方様の寵愛は一層深まったというのは有名だ。歪んだ寵愛もあったもんだ。善良で常識人の牧野様が精神的に追い詰められて理由が分かる。普通の感性では公方様の愛情に付いていけない。
他の側用人たちは公方様に目を付けられないように必死だ。普通、逆だろうに。私もその中に入っているため偉そうなことは言えない。柳沢様を人柱にしている間は大丈夫だろう、と言い合っている仲だ。上に言われた通り、任された仕事に間違いのないように差配する。それで十分だった。だと言うのに……とんでもない事になってしまった。
赤穂の浪人共が徒労を組んで隠居した老人宅に強盗のように押しかけて惨殺したというではないか。無抵抗の者を相手に武器を持って斬りかかるなど、あの主君にしてこの家臣あり、と言った処だろう。取り調べに一様に「主君のための仇討ちでございます」と言うばかり。
仇討ちも何も、アレは誰が見ても浅野内匠頭の乱心であろう。斬り付けられた吉良殿は被害者ではないか。
そもそも、何故、あの場所で切りかかったのだ!?殿中だぞ?他の場所で斬りかかればいいものをワザワザ江戸城で切りかかるとは……意味が分からん。
しかも、その日は朝廷との大事な儀式の日でもあった。
浅野内匠頭は接待人の一人でもあったのだぞ!
何故、他の日にしないのだ!
公儀に恨みでもあるのか!?
それとも公方様に対しする抗議に意味でもあったのか!?
もっとも、浅野内匠頭は言葉にならない獣のうめき声しか発せずに暴れるせいで詳細が全く分からなかった。
吉良殿に聞いても「急な事で何が何だか……浅野内匠頭は一体どうしてしまったのだ?」と、首を傾げていた。斬りつけられる理由が分からないと言う。指南役として接待役の一人である浅野内匠頭とは、取り立てて親しくも無いが知らぬ中でもない。可もなく不可もない関係性だ。朝廷に儀式の準備についても特に問題なかったと聞く。「浅野内匠頭が接待役を仰せつかるのは此度で二度目。簡単な説明と注意事項位しか話してはいないのだが……前回の接待の時も万事滞りなくされていたし、こういった儀式は毎年同じことの繰り返しで浅野内匠頭もやり易かったはずなのだが……」と始終不思議がっていた。心当たりは全くなさそうだった。
取り押さえられ、何とか正気に戻った浅野内匠頭に再度問いただしても無言を貫くのみ。だが、その表情には今置かれている現状に不満アリと言わんばかりだった。彼は自分が何をしでかしたのか理解していないのか?高家筆頭の吉良殿に切りかかっただけでなく、朝廷との儀式も台無しにしたのだ。お陰で公方様は面子を潰された処ではない。ボロボロにされたのだ。朝廷側は気を遣ってくれていたが、そう簡単に事が収まるものではない。
怒り心頭の公方様が浅野内匠頭を即日切腹を申し付けた事に対してもその怒り具合が分かるというものだ。
目付の多門殿が取り調べで辛うじて理由らしき事を聞いたようだが、彼は言葉を濁しながら「浅野内匠頭は幼子のような方だ」と言っていた事から、大した理由ではないのだろう。
武士として畳ではなく、外の庭先での切腹という屈辱的な場所での腹切りと相成った事は流石に同情するが、それもこれも浅野内匠頭の自業自得ともいえる行動のせいだ。赤穂藩がお取り潰しになった事も同情に値するが、あんな愚かな主君を立てていたせいだと諦めてもらうしかない。
だいだい、あんなアホな行動を取る主君を何故止めないのか!
浅野内匠頭には子供はいないが、弟がいたはずだ。愚かな主君は座敷牢に閉じ込めて新たな主君を立てるのが国の正しいあり方だろうに!
なのに、仇討ちだと!?
逆恨みも甚だしい!
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