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物語の終焉 *
「隣国の――そうさ、王太子サマの話は聞いたかい?」
うわさ話というのはあっという間に広がるものだ。
この国の王女と、隣国の王太子とが結ばれた華燭の典で恐ろしいことが起きたという。
両国の王家は口外を強く禁じたが、多くの貴族たちも目撃していて、もはやどこから話が漏れてしまったのかは分からない。
「ああ、もちろん知っているさ。なんたって、王太子ご夫妻が神聖な誓いを立てようとしたら精霊たちが大層お怒りになって、王太子の仮面が取れなくなっちまったって言うじゃないか。今の王太子は偽者じゃないかって話もある上に、王宮の中にずっと引きこもりだとかなんとか……ま、うちの姫様がついていらっしゃるんだから、大丈夫かな?」
「大丈夫さ! 美しさはもちろんのこと、性格もとびっきり豪快な私らの姫様なら、どれだけ夫君が役立たずでも無理やり役に立たせて下さるってもんだ! しかし、隣国の王太子サマも以前は大層賢く礼儀正しい素晴らしいお方で、うちでも結構な評判だったがなあ。悪い病気かなんかにかかってしまったのかね」
そう言って市場の人々が笑い合う中、ギルベルトは夕市を通り抜けて自邸へと急ぐ。
先ほど受け取ったばかりの婚姻承諾書を入れた胸元から、手を放せない。
「アーシュー様! 前に言ってたお酒が入りましたよ」
「ああ、もらおう」
何も買わずに通り過ぎるつもりだったが、自邸で待っているツィロのために頼んでいた酒が手に入った。
他にも「ツィーさんに持っていってくれ」と焼き菓子だの何だのと渡されて手一杯になる。
彼がこの場所でも愛されているのを感じて微笑ましい気持ちにはなるが、自邸に戻るまで気を緩めることはできない。
「おかえりなさい、ギル」
父母はギルベルトが幼かった頃に亡くなっている。
それ以降、親戚たちから狙われ続けても必死に守り続けた自邸で、日常になった風景。
ギルベルトの帰宅に気づいたツィロは読みかけの本を閉じ、迎えに出てきてくれる。
嫌悪していたワルターの外見でも、その内側に惹かれていた。
そんな彼が本来に近い姿に戻った今、ツィロへの想いが自分でも笑えるくらい溢れてしまって、現金だな、とは思う。
ツィロは整った顔立ちなのは勿論のこと、彼が笑うとこちらまで嬉しくなるような、不思議な気配の持ち主だ。
そんな彼が故国では愛想笑いしかしたことがなかったというのだから、この結末になって良かったと心底思う。
しっかりしているのに、自身の感情を表現するのが不得手なところすら、愛しく思う。
「ただいま。ツィー、見て欲しいものがある」
「わあ、たくさんですね! 今日って何かのお祝いでしたか? みんなから、準備ができるまでダイニングルームには入らないでくれと言われてしまって」
困り顔でそう告げてきたツィロに口づけると、途端に彼の顔が赤くなる。そのまま、ツィロの目の前で婚姻承諾書を開いて見せれば、ツィロの目はまん丸くなった。
「私の名前が……ツィロ・アーシューになっている。ギル、これは……?」
「前に約束しただろう。どんな姿になっても、また酒を飲もうと。それに、俺の生涯はツィーに捧げると。ツィーが許してくれれば、これからも共に生きてくれないだろうか」
はい! と嬉しそうな顔で即座に答えてくれたのが堪えきれず、ツィロの手を掴むと真っすぐに寝室へと向かう。
「ギル?」と不思議そうに問われても、「お前が悪い」としか返しようがない。
寝室入ってすぐ、深く口づけをするとすぐにツィロの体から力が抜けていくのが分かった。
共寝している寝台へとそのままもつれ込むと、歯止めはもう、効かない。
「……ツィロ」
「あっ、みみ……耳元で名前を呼ぶの、ずるい、です」
何度もたっぷりと口づけを交わしてから、耳や首筋を唇で辿っていくと、ツィロが顔を赤くしながら抵抗にならない抵抗をしてきた。
それがまた、可愛らしいと思えるのだからそちらこそずるい。
「でも、ギルは良かったのですか? 私とでは、家のこととか……」
「騎士の家では名誉のためにあえて女性と結婚しないことも度々あるし、親戚はたくさんいるからな。それに、婚姻の誓約をするならツィロ以外考えられないのだから諦めてくれ」
本当はもっと順序だててと思っていたのに。
シャツがはだけたところからは、肉付きの薄い白い肌が見えていて、手を伸ばすのを止められない。
「……んっ」
ギルベルトの手が冷たかったのか、触れた途端にツィロの身体が跳ねた。
止めてやることはせず、彼の下穿きまで手を伸ばして――しっかり自分の伴侶のものも兆しているのが分かり、指先で軽く扱けば「だめっ、ギル……」とか細い声がする。
口づけで励ましながらツィロのものを育て、後孔の周囲に触れても強い抵抗はない。
「ここで繋がっても?」
「……っ、聞かないで……ください」
とうとう手のひらで顔を隠してしまったのを、意地悪く片手でツィロの両手を頭上で押さえつけた。
潤滑の助けになるものを足しながら、かたく閉ざされたその場所を、少しずつひろげていく。
「ギルっ、そこ……や、……あ…あ……」
淡い色をした乳首にも口づけると、ツィロの声が一段と高くなった。口づけて、啄み、舐るたびに腰が揺らめく。
「も、いいので……きて、ください」
真っ赤な顔のまま、舌足らずな口調で必死に乞われる。
自分でも抑えがたい凶暴さを必死に宥めながら、ギルベルトはツィロに己自身を穿っていく。
「ツィー、少し我慢して」
「……っ、あ…ああッ! ……ギルの、おおきい」
ほとんど泣きながら、それでも必死にギルベルトのものを受け入れるツィロがたまらなく愛しくて。
「煽らないで」と口づけるだけでも、理性の総動員が必要なくらいだ。
「あおってなんか……っ、あの、我慢はしないで、くださいね?」
「――貴方という人は!」
ツィロの中に入ってからも馴染むまではと、動きを緩やかなままにしていたのに、その一言のせいで我慢の限界がきた。
「ひあっ、……あああっ!」
なるべく奥深いところを、しかしツィロの声が変わる場所を探りながら交わりは激しくなっていく。
ようやく熱が落ち着いたころには、とっくに晩餐の時刻は過ぎていたのだった。
***
「何か食べられそうか?」
「大丈夫です、……動けそうにはありませんが」
「……無理させて申し訳ない」
帰宅してすぐギルベルトに求められ、あまりにも嬉しくて必死に応えたところまでは良かった。
遊びが盛んだったらしいワルターの身体のままだったら違ったのかもしれないが、今はツィロ本来の身体に戻っている。
どうしても下肢の動きはぎこちないし、初めて抱かれた後のいま、体が言うことを聞いてくれない。
そんなことを建前では思いつつ、自分の身体で愛する者を受け入れられたことをツィロは神に深く感謝した。
借り物ではない自分の腕で、ギルベルトと抱きしめ合うことができるのだ。
「皆さんが、結婚のお祝いを準備してくださってたなんて」
「俺がツィーに振られた時に備えて内緒にしていたんだろう。……俺も、ツィーに受け入れてもらえてほっとした」
寝台に備わっているナイトテーブルに、小分けにされた食事が並べられていく。
食事もまだだったのに、と恥ずかしくて身悶えていたツィロだったが、なぜかアーシュー家の使用人たちはみな嬉しそうにしている。
「この度はおめでとうございます、ギルベルト様、ツィー様。我々は今後もなお一層、誠実にお仕えさせていただきます」
「こちらは、我々からの贈り物です」
そう言って運ばれてきたのは、見事な装飾が施されたケーキを始めとしたご馳走の数々に、使用人たちが選んでくれたというツィロへの贈りものは、座り心地が良さそうな椅子だ。
いつも本を読んでいるツィロにとっては嬉しい贈りものに喜んでいると、ギルベルトがさっさと人払いをしてしまった。
「ギル、どうしましょう。嬉しいのに、何も自分はお返しを用意していなくて」
「大層な人嫌いが結婚したのだから、うちの人間たちはそれだけで大喜びだろう。それに、俺もツィーにはいつもいろんなものを与えてもらっている」
寝台に腰かけたギルベルトが、優しい手つきでツィロの髪を撫でる。
その仕草がたまらなく好きで、思わず目をとじてしまってから、ツィロはハッとなった。
「ありました! 今すぐ、貴方に差し上げられるものが。ギル、私には生まれ名というものがあります。故国では王族だけが持っていまして……心から信頼する者、愛する者にだけ明かす特別なものなのです。貴方との婚姻を、私の生まれ名である『夜明けの狼』と私を加護する精霊たちの名のもとに、誓約します」
生まれ名を明かすこと自体が、教えた相手にも自分の精霊の加護を分け与えることになるので、結婚したからといって相手に明かすとは限らない。
ツィロはこのまま、ジャン以外には教えないで一生を終えるのだと思っていた。
緊張しながら誓約の口上を終えたその途端、柔らかな光が現れ、部屋の中に祝福を現す真っ白な花びらへと姿を変えていく。
「これほど、祝福された結婚はないな」
そう言って笑ったギルベルトに強く抱きしめられ、その幸せな苦しさにツィロも目を伏せて笑いだした。
そんな二人の周囲を、精霊の祝福の証である花びらはゆったりと舞い続ける。
――ツィロはもう、悪夢を見ない。
Fin.
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
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