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それはつまり、自分の死がちかいことに等しい。うっそうとしげる木々のあいだを探るようにして進みながら、不安と後悔があぶくのように浮かんでくるのだが、しかし、背中に負うたその子のあたたかみが、それでもいいのだと教えてくれるようだった。
死んだ女性が言っていたとおり、その子は魔法のねむりに落ちているのだろう。何日も目をさますことなく、おだやかな寝息をたて、食事も排泄も無用だった。罪食いでさえ胸焼けしそうな屍肉あさり、聖書など読んだこともなかったが、天使というものがいるならば、こうしたものなのかもしれなかった。
夜、その子を抱きかかえて、すりきれた外套にくるまると、うすあかりに寝顔がうかびあがり、不思議な安堵を与えてくれた。
そうして、そっと宝石をとりだす。
宝玉というほうがふさわしいような大きさと丸みをおびたそれは、星々のうかぶ空そのもののようだった。
決断のときが迫っていた。
追手の気配が肌で感じとれるほど濃密になってきていた。これ以上、逃げることはできない。まだ、すがたをみられていない、いまが最後のチャンスだった。
屍肉あさりを歓迎してくれる村や街はなく、これまで人家をみつけても訪ねなかったし、近寄りもしなかった。けれど、もう限界だ。追手にみつかれば、自分ともども、この天使も首を掻っ切られる。
ひらけた土地に、そまつな仮小屋があり、人のいる気配もあった。おそらく近隣の狩人らが寝床にしているのだろう。そんなやつらに託すのはイヤだったが、選択の余地もない。俺といれば、この子は死ぬ。ならば、せめて……。
自分には無用になる外套とともに、その子を仮小屋の入口にそっとおいた。銀貨をいくらかと宝石をそえる。そのまま立ち去ろうとしたけれど、立ち去りがたかった。なぜだろうか、……渉猟者になりなさい……まもってあげてほしい……と、女性の声がどこからか聞こえてくるかのようだった。
しかし、仕方がないじゃないか。自分すらまもれないガキになにができる。そう思いながら、べつの言葉を思いだす。……けっして人にみせるんじゃないよ。たかく売れるだなんて思ったらひどいめにあうからな……それだけの価値があるものなんだ……と。
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