第2話 良心、あるいは死者の呪い

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 それはつまり、自分の死がちかいことに等しい。うっそうとしげる木々のあいだを探るようにして進みながら、不安と後悔があぶくのように浮かんでくるのだが、しかし、背中に負うたその子のあたたかみが、それでもいいのだと教えてくれるようだった。  死んだ女性が言っていたとおり、その子は魔法のねむりに落ちているのだろう。何日も目をさますことなく、おだやかな寝息をたて、食事も排泄(はいせつ)も無用だった。罪食いでさえ胸焼けしそうな屍肉(しにく)あさり、聖書など読んだこともなかったが、天使というものがいるならば、こうしたものなのかもしれなかった。  夜、その子を抱きかかえて、すりきれた外套(がいとう)にくるまると、うすあかりに寝顔がうかびあがり、不思議な安堵(あんど)を与えてくれた。  そうして、そっと宝石をとりだす。  宝玉というほうがふさわしいような大きさと丸みをおびたそれは、星々のうかぶ空そのもののようだった。  決断のときが迫っていた。  追手の気配が肌で感じとれるほど濃密になってきていた。これ以上、逃げることはできない。まだ、すがたをみられていない、いまが最後のチャンスだった。  屍肉(しにく)あさりを歓迎してくれる村や街はなく、これまで人家をみつけても訪ねなかったし、近寄りもしなかった。けれど、もう限界だ。追手にみつかれば、自分ともども、この天使も首を()っ切られる。  ひらけた土地に、そまつな仮小屋があり、人のいる気配もあった。おそらく近隣の狩人(かりうど)らが寝床にしているのだろう。そんなやつらに(たく)すのはイヤだったが、選択の余地もない。俺といれば、この子は死ぬ。ならば、せめて……。  自分には無用になる外套(がいとう)とともに、その子を仮小屋の入口にそっとおいた。銀貨をいくらかと宝石をそえる。そのまま立ち去ろうとしたけれど、立ち去りがたかった。なぜだろうか、……渉猟者(しょうりょうしゃ)になりなさい……まもってあげてほしい……と、女性の声がどこからか聞こえてくるかのようだった。  しかし、仕方がないじゃないか。自分すらまもれないガキになにができる。そう思いながら、べつの言葉を思いだす。……けっして人にみせるんじゃないよ。たかく売れるだなんて思ったらひどいめにあうからな……それだけの価値があるものなんだ……と。
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