第1話 はじまりの日

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第1話 はじまりの日

 物の焼けるにおい。  破壊し尽くされた建物だったもの、足もとにころがるガレキの群れ。まだ煙をあげたままくすぶっているのは、物か、人か、人の思いか。あらゆるものを蹂躙(じゅうりん)する軍隊の通ったあとには、なにも、なにひとつとして残らない。自分たちのような屍肉(しにく)あさりの孤児と、死者たちのほかには、なにも。  それは運命じゃない。ただの偶然だ。  その王国が滅ぼされたのも、すでに孤児になっていた俺が、火事場どろぼうよろしく、焼け落ちた街区をうろついていたのも、仲間とはぐれて一人だったのも、くずれた壁から廃墟に入りこんでそのかぼそい声をきいたのも、すべて偶然だ。それを運命というような傲慢(ごうまん)さは俺にはない。謙虚なのではなく、屍肉(しにく)あさりで生きていくしかない孤児には無用なもの。  いまではもうどんな声だったか、どんな人だったか、そこがどこだったかも思いだせない。せめて名前だけでも聞いておけばよかった。  だが、ほんの子どもでしかなかった俺は、なにもわからないまま、たすけをよぶ声にひかれるように廃墟の奥へむかった。もとは豪華な屋敷だっただろう建物は焼けおち、半壊していた。こげたような匂いが鼻をつく。ぱりぱりとガレキを踏みくだいて歩いていくと、かすかにきこえていた声がやんだ。  こちらを観察しているような気配があった。  こわくなって逃げだそうとした俺の耳に、もう一度、たすけをもとめる声がきこえ、壁だとおもっていた場所がギィとひらいて、その隙間から白いうでがダラリとたれさがった。  ギョッとさせられながらも勇気をだして近づくと、そこは小さな隠し部屋で、なかには若い女性がひとり、大事そうに子どもを抱えてまるまっていた。みあげた青白い顔には死相があり、よくみると、腕や背中に生々しい傷がのこっている。身動きすると、かたまった血がパキパキと音をたてて割れおちるのだった。  そのころ、俺はまだ十歳かそこらで、屍肉(しにく)あさりの孤児にすぎなかった。  おもえば、女性もまだ二十歳そこそこだったのではないか。だいじそうに抱えていた子どもは五歳くらいで、女性を母親というには若く、姉というには歳がはなれている。
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