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ダークグレーのコートに縦縞のマフラーを巻いた碧と目が合う。木枯らしで落ち葉が舞い上がる。
視線をそらすには遅すぎた。
「緋聖くん。この後、少しだけ時間ある?」
隣に同期がいなければ断った。けど、あまりにタイミングが悪すぎて、いまの俺には鷹揚に頷くの一択のみ。
「あ、じゃあ、お疲れ様。またね」
同期は軽く手を上げると、目配せして去っていた。意味するところは『あとで、詳細くらい聞かせなさいよ』。いや、隠してたわけじゃないけどな。けど。
「ごめん。なんか、僕が邪魔しちゃった?」
「いや、全然。そんなんじゃないけど。店は前に飲み行ったとこでいい?」
「あ、うん」
煮えきらない俺をわざわざ捕まえて話がしたいってことは、職場の近くで聞かれたらマズイ内容だろ。ビルを出てすぐの階段を下りて、地下通路から駅へ向かう。
「忙しいところ、ごめん」
「いや、碧のほうが忙しいだろ。悪かったな」
「うん。ちょっと、いろいろ、ね」
帰宅ラッシュの始まりで、電車はそこそこ混んでるから、込み入った話はできない。でも、改めて碧を見れば、話なんて聞かなくてもわかる。眼鏡越しにも目立つ濃いクマ、充血した両眼、肌荒れもひどい。一人で悩んで眠れなくなって、限界越えてるんだろう。
週末の街は浮足立っていた。一時期の閑散とした様子が嘘みたい。
客引きの声を背中にしながら、裏通りを最短で突っ切る。目的の店は開店したばかりで、まだ客はいなかった。碧を連れて、カウンターの奥に座る。
「碧はさ、もうわかってるんだろ」
最初の一杯で喉を湿らせて、俺の方から口火を切った。
「ああ、うん。緋聖くんに言われて、いま飲んでる薬を調べたら、Sub用の未承認薬だっていうから、そうなんだろうなって」
「いままでは、気づいてなかった?」
「うん。特にGlareとか感じたことはなかったから、意識したことはなくて。だから、どうしていま、なんでって混乱して」
社会人になってから、実はおまえはSubだと突きつけられたら誰だって混乱する。
「ランクが高い場合は、ランクの低いDomが使うGlareなら簡単にいなせる」
「ランク?」
「ちょっと、眼鏡外して」
「うん?」
普通の眼鏡はGlareを遮断することはない。気休めになるというSubはいるけど。Glareを遮るのは特殊なレンズでできた眼鏡だけ。
「わかる?」
裸眼の碧へ向けて弱いGlareを放つ。わずかに顔をしかめるだけで、Glare自体は効かない。例えは悪いけど、Glareってのはスプーン曲げみたいなもの。強く念じることで、離れた場所のモノを動かす。
次にもう少し強いGlareを向ける。碧は何度か瞬きした。続けて、さらに圧を強める。本気で支配下に置くつもりのGlareを向けると、碧は大きく目を見開いた。
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