[9]マイノリティとはもはや言えない

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 部屋の中へと入ってきた十人ほどの制服の一団、彼らがチャールズを見る目は、あまりに揃いすぎていた。軍隊よりも整った動きで一糸乱れぬ歩調、きっと呼吸の深さとリズムだって同じ。  つまり、チャールズの命令一つで動く、ロボットのようなもの。  彼らは仲間の一人が部屋の隅でCornerを命じられていても、視線すら送ることもない。その場にないもののようにスルーしている。  整列した彼らを見て、チャールズは満足そうに頷くと褒美のGlareを惜しげもなく注いだ。 『Good boy(いい子だ)』  必要としていたものを与えられた彼らは、みるみるうちに生き返ったようだった。壊れかけの機械にオイルを足したように、頬に赤味が刺していく。 『The game is over.(試合終了だ)』  チャールズは彼ら一人一人に労いの言葉をかけてから解散を命じると、最後の一人が部屋を出ていくまで見守った。  俺と碧は、一連の流れをただ見ているしかなかった。猟犬を躾けるように、圧倒的な膂力で手なずけていく姿を、口を開けて見ていた。  格の違いってヤツを、俺たちはまざまざと見せつけられていた。 「さて、この駄犬はどうしたものかな」  チャールズはドアが閉まるのを確かめてから、隅に立たせておいた男へと鋭いGlareを向ける。 「うちのスタッフは優秀じゃないと務まらないんだ。ましてや、こんなご時世だ。選りすぐりの精鋭部隊でなければ、とても使いものにならない」  そう言うと、大股でCornerの男に近づいて、耳元でなにかを囁いた。 「……!」  男は軽く痙攣するようにのけ反ると、その場にくずおれた。チャールズは倒れた男には目もくれずに踵を返す。 「おい、どういうことだ!」 「放っておけ。別にドロップさせたわけじゃない」 「でも、この人、どうする気だよ」 「つまみ出すわけにはいかないよ。彼は知りすぎてるからね。もう一度、訓練のほうに戻して、厳しく躾け直してもらうしかないな」  それだけ言い放つと、ポケットから煙草を取り出して火をつけた。長い指に挟まれた煙草を一口吸うと、うまそうに白い煙を吐き出した。 「あんたは、NormalをSubにSwitchさせたんだな。で、それをまたNormalに戻した」 「そうだ。戦争で過酷な任務に従事した軍隊において、一番多い死因はなんだか知っているかい?」 「知るかよ、そんなん」 「殉職者の三倍を超える隊員が自殺を試みるんだ。戦時中は異常事態として、神経が高ぶっているが、平時に戻ると参ってしまうんだよ。戦争では、人を殺すと褒められ称賛される。けれど、戦争から離れれば、人殺しとして非難される。このギャップに精神が、耐えられなくなるんだ。幻覚に追い詰められて、アルコールや薬物に溺れて、頭の中身の方が壊れてしまう。いくらメンタルトレーニングを積んでいても、人の精神は脆いんだよ」 「だから、それが、」  なんだっていうんだ、という俺の言葉はチャールズによって遮られた。 「だからこその、ダイナミクスなんだよ」  チャールズの目は澄んでいた。濁りの一片もなく、なんの迷いもない。 「DomやSubがマイノリティだというのは、嘘だ。人間本来は、DomかSubのどちらかだったのさ。本能を失って、近代のシステムに飼いならされた奴らがNormalを名乗っているだけ。私は、人間を元の姿に戻すべきだと思っている」  強く断言する姿からは、絶対王者としての風格が漂っているように見えた。  俺は隣に立つ碧に目をやった。気圧されているかもしれないと思ったからだ。けれど、唇を硬く引き結んだ碧は、けして顔を下げることはなかった。  俺はチャールズを正面から睨みつけた。
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