【5】起きた子は寝られない

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 ダークグレーのコートに縦縞のマフラーを巻いた碧と目が合う。木枯らしで落ち葉が舞い上がる。  視線をそらすには遅すぎた。 「緋聖くん。この後、少しだけ時間ある?」  隣に同期がいなければ断った。けど、あまりにタイミングが悪すぎて、いまの俺には鷹揚に頷くの一択のみ。 「あ、じゃあ、お疲れ様。またね」  同期は軽く手を上げると、目配せして去っていた。意味するところは『あとで、詳細くらい聞かせなさいよ』。いや、隠してたわけじゃないけどな。けど。 「ごめん。なんか、僕が邪魔しちゃった?」 「いや、全然。そんなんじゃないけど。店は前に飲み行ったとこでいい?」 「あ、うん」  煮えきらない俺をわざわざ捕まえて話がしたいってことは、職場の近くで聞かれたらマズイ内容だろ。ビルを出てすぐの階段を下りて、地下通路から駅へ向かう。 「忙しいところ、ごめん」 「いや、碧のほうが忙しいだろ。悪かったな」 「うん。ちょっと、いろいろ、ね」  帰宅ラッシュの始まりで、電車はそこそこ混んでるから、込み入った話はできない。でも、改めて碧を見れば、話なんて聞かなくてもわかる。眼鏡越しにも目立つ濃いクマ、充血した両眼、肌荒れもひどい。一人で悩んで眠れなくなって、限界越えてるんだろう。  週末の街は浮足立っていた。一時期の閑散とした様子が嘘みたい。  客引きの声を背中にしながら、裏通りを最短で突っ切る。目的の店は開店したばかりで、まだ客はいなかった。碧を連れて、カウンターの奥に座る。 「碧はさ、もうわかってるんだろ」  最初の一杯で喉を湿らせて、俺の方から口火を切った。 「ああ、うん。緋聖くんに言われて、いま飲んでる薬を調べたら、Sub用の未承認薬だっていうから、そうなんだろうなって」 「いままでは、気づいてなかった?」 「うん。特にGlareとか感じたことはなかったから、意識したことはなくて。だから、どうしていま、なんでって混乱して」  社会人になってから、実はおまえはSubだと突きつけられたら誰だって混乱する。 「ランクが高い場合は、ランクの低いDomが使うGlareなら簡単にいなせる」 「ランク?」 「ちょっと、眼鏡外して」 「うん?」  普通の眼鏡はGlareを遮断することはない。気休めになるというSubはいるけど。Glareを遮るのは特殊なレンズでできた眼鏡だけ。 「わかる?」  裸眼の碧へ向けて弱いGlareを放つ。わずかに顔をしかめるだけで、Glare自体は効かない。例えは悪いけど、Glareってのはスプーン曲げみたいなもの。強く念じることで、離れた場所のモノを動かす。  次にもう少し強いGlareを向ける。碧は何度か瞬きした。続けて、さらに圧を強める。本気で支配下に置くつもりのGlareを向けると、碧は大きく目を見開いた。
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