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【1】聖夜に奇跡は起こらない
第一印象ってやつは、案外バカにできない。
一目見ただけで、そいつが好きか嫌いか。つまり、自分と相性がいいか悪いかが皮膚感覚で理解できたりする。
今夜、俺がソイツから受けた印象は、美味そうな男、だった。
無駄に響きわたる爆音がヤバくて耳が壊れそう。
人混みと酒とタバコの匂いで、ゴミ溜めみたいな地下のライブハウスの中で、ソイツはただ一人、周囲から浮きまくっていた。
やたらと背伸びしたがる連中とは違う。とまどった困り顔なのに、姿勢がいい。真面目そうに見えるけど、芯はしっかりしてそうっていうのか。ロングコートを着ててもわかる。背筋はシャンと伸びてるけど、筋肉質ってほどでもない。スポーツや武道の経験者でもなさそう。世慣れないというか、育ちがいいというか。
無農薬のブランド野菜か、天然物の高級魚か。なんの味付けもされてない、ただの原石って感じ。お試しで齧ってみたら素材の味がしそう。逆に言えば、料理人の味付け次第で懐石料理にもフレンチのフルコースにも化けそう。
生身に飢えすぎて、適当なヤツで空腹を紛らわそうとしてた俺の目には、ソイツはひどく新鮮に映っていた。
少し長めのゆるい天然パーマにスクエア型の黒縁眼鏡、わりと高い鼻梁に形のいい唇。ライブハウスの暗がりでは細かな造作は判然としないけど、ちょっといい男。
痩せ型でもぽっちゃりでもなく、背は俺より五センチ以上ありそう。もう少しガタイのいい方が好みだけど、ストライクゾーン的にはアリよりのアリ。無意識に後頭部を掻く手は、肉厚で大きくて好みそのもの。
うん、美味そう。未成年ってことはないでしょ、多分。
Subが欲しい。
できれば、ランクが高くて歯応えのあるヤツがいい。心から悔しそうな顔で、俺のCommandに跪く姿が見たい。誰のCommandにも膝を折るような、フリーランクのSubだったら掃いて捨てるほどいるけど、高ランクのSubなんて滅多に出会えない。
で、いま俺の隣に立っている天然パーマの眼鏡クンからは、どことなくSubの匂いがする。
いや、実際に鼻で嗅ぎ分けてるわけじゃない。DomやSubといったダイナミクスについて、昔よりは知られるようになった世の中とはいえ、面と向かって聞くのはマナー違反。とはいえ、なんとなくはわかる。それこそ、肌感覚ってやつ。ノーマルにはわからなくても、DomやSubは感じ取ることができる。GlareやCommandを使う程でもない。
狭い箱特有の空気に慣れないのか、天然クンは人酔いしたみたいに、眉間とこめかみを指の腹で揉みしだいている。
「大丈夫? 具合悪い?」
少しだけ顔を近づけて囁くと、天然クンは視界に入ってきた俺を初めて認識したというように目を見開いた。
「あ、すみません。平気です」
「出る? 少し外の空気とか吸ったほうがいいんじゃない? ここ匂いこもってるし」
「え、あ、はい。そうですね」
「出口はこっちね。俺もタバコ買いに出るからさ」
コートの裾を軽く引くと、本当に気分が悪かったのか、天然クンは素直についてきた。
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