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はにかんだ碧は少し早口に話す。
「僕、ずっと胃腸が弱くて。漢方薬を飲んでたこともあったけど、なんだか合わなくて。最近、薬を変えたんだけど、すぐ飲み忘れそうになる」
俺には見覚えがあった。
碧がペットボトルの水で流し込んだ錠剤は、胃腸薬でもビタミン剤でも安定剤でもない。Sub用の抑制剤、それも少量で効果的な、少し高価なヤツ。
もしかして、本人が気づかずに飲まされている?
そんなことあるのか?
「そっか。でもまあ、無理のない範囲でさ、気晴らしぐらいはしたほうがいいんじゃないの」
「だったら、また遊びに行ってもいいかな」
「俺のうち?」
碧からの想定外の提案に、思わず声が裏返る。そのココロはもちろん、下心。
「迷惑だったら、はっきり言って。あの、僕ってそういう気の利かないところ、あるから、ごめん」
「いや、いいよ。いいけど、なんもない散らかった部屋だけど」
「そう? なんかすごく落ち着く場所だと思った」
「すぐ寝落ちするくらい?」
「それは、ごめん。ホントに」
ずり落ちた眼鏡のツルをつまみ、申し訳なさそうに身をすくめる姿は小動物みたい。変なの。同い年で体は俺より大きいのに、どこかカワイくて憎めない。
碧は不思議だ。
警戒心が強そうなのに人懐こくて、見た目は弱そうなのに芯があって、そばにいるほど中身がわからなくて、もっと知りたくなる。
あ、これはダメなヤツだ。
わかってる。いくら鈍い俺でも、もう完璧にわかってる。例の社長に言われるまでもない。
「じゃあ、次の土曜でいい?」
「いいの?」
「全然。なんだかんだ、俺も暇してるし」
ホントは予定があったけど、向こうはキャンセルで。代わりが効かない方が優先に決まってる。
碧には聞きたいことがいっぱいある。たぶん、碧のほうも俺に聞きたいことがあるんだろう。職場の昼休みなんかじゃ、全然足りない。お互いの昼飯をかきこめば、短い休憩なんて終わりだ。
連れ立って同じビルへ戻る。それぞれ別のフロアへ向かう。ここから先は別の道。
「ヤバいな」
深入りすると傷つける。取り返しがつかなくなる。
でも、欲しい。この子をもっと囲いたい。自分のモノにしたい。
碧はおそらく、自分がSubであることを知らない。知らないまま、誰かの、おそらく家族の思惑でSub用抑制剤の服用を義務づけられている。彼がSubだと都合が悪いんだろう。
そんな未踏の地に足を入れるのは、どれほど愉快だろう。俺のGlareにひれ伏す姿は、どれだけの愉悦をもたらすだろう。
胸の内で、どうしようもなく相反した欲望がせめぎ合う。
あれこれと妄想を逞しくするだけで、うっかりGlareを漏らしそうになる。絶対に失敗するわけにはいかない。職場での失態なんて社会的に詰む。まして、俺のGlareはまともに喰らえば、事故が起こる。
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