[7]俺は俺以外のものになれない。

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 喉の渇きと空腹で目が覚めた。フラフラ起き上がる。熟睡したせいか、体はすっきりしていた。俺が起きたのに気づいて、ソファで新聞を読んでいた碧がすっ飛んできた。時計を見ると、日付が変わる直前くらい。 「水欲しい。その前にトイレ……」 「トイレは、右手奥の扉。熱は下がった? なにか食べられそうなら、用意するけど」 「いまなら、椅子でも食えそう」 「それなら安心だね」  水だけもらって、先にシャワーを浴びる。なにしろ汗だくだったし、自分自身の異臭が尋常じゃなくヤバかった。あちこち痒いし、いろいろ限界。猫脚のバスタブには心惹かれたが、とりあえず全身隈なく洗っておく。  ガラス扉の向こうで、碧がタオルと着替えを置いてくれた。チャールズの奴がどういうつもりか知らないが、衣食住に不自由はさせないらしい。シャツもジーンズも新品で、サイズはちょっと大きいけど、裾をまくっておけば着れなくはない。 「パンとスープにしておいた。食べられそうなら、冷凍のチキンとポテトもあるけど」 「食べる」 「それは良かった」  スライスされたフランスパンと、デニッシュの両方を平らげ、追加で出してくれたチーズとオレンジにかぶりつく。猛烈な食欲を感じて、俺もう平気じゃん、と安堵する。 「心配かけて、ごめん。それに、いろいろありがとう」 「いいよ。僕はなんにもしてないし。一応、市販の風邪薬はもらっておいたし、明日も治らないようなら医者に診てもらおうかと思ってたけど」 「大丈夫。完全復活」  やっぱり、疲れてたのかな。なんだかんだ、気を張ってた。いろいろ無理もしてたしな。  それより、ネオは大丈夫そうだとして、俺自身のことは、社長にはどう伝わってるんだろう。誘拐であっても、逃亡であってもマズい。気にはなるけど、確認する手段はない。  スマホとパソコンは取り上げられてるし、テレビもラジオもない。新聞はあるし、頼めば本や雑誌は届けてくれるらしいけど、そもそも英語を読むのが面倒。 「碧はエラいな」 「なにが?」 「英字新聞読めてる時点でエラい」 「読むのはともかく、テレビのニュースを聞くのは苦労してるよ」 「いや俺はもう、全然上達しない。そこそこ滞在してるんだから、そろそろ話せたっていいと思うんだけど」 「日本語が通じる相手が近くにいると、上手くならないのかもね。チャールズの日本語は流暢すぎて、さすがに引いたけど」 「それな」  俺のそばには、アンディがずっと一緒にいた。俺に、自分はSwitchだと明かしたアンディ。SwitchのCommandを身につけろと言ったアンディ。なのに、ここにきて裏切られた。あいつの言葉の全部が嘘だったとは思わないが、信じてた人間に裏切られるのは、やっぱりしんどい。 「なあ、碧」  俺は自分勝手だから、言いたいことを言うよ。いま言っておかないと、またいつ伝えられなくなるか、わからないから。 「この部屋を出られたら、いつ出られるかもわからないけど、それでも出られた時には。その時は、俺から碧へ、Collarを贈ってもいい?」 「それって」 「Claimだよ、俺からの」 「緋聖くん……」 「碧には、ずっと俺のSubでいて欲しい」  目を見開いた碧は、しばらく動かなかった。
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