[7]俺は俺以外のものになれない。

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 愉しいな、と思った。  普通の、Normalな、まっとうな規範なら、けして許されないレベルの暴挙だから。  人の気持ちを、尊厳を、大切なもの、なにもかもを蹂躙するのは、こんなにも愉快だ。誰も口に出しては言えない真実。  この行為が許されるかどうか。それは、Subの気持ち次第。Subには唯一、選択する権利がある。Domが受け入れられない場合は、セーフワードで拒んでいい。  いま、この瞬間だけ、俺たちは完璧で万能で、いかなる他者の介在も認めない。俺は碧で、碧は俺で、完全に閉じた円環。良識もモラルもかなぐり捨てて、自由に振る舞うことが可能だから。 「いい子の碧は、俺のCommandを守れるな?」  いまの俺たちにCollarはない。  その代わりに、碧の首周りをじわじわとGlareで絞め上げる。息苦しさに眉をひそめ、顔を赤くする碧は、ひどく色めいて見える。絞めるのはいいけど、落としては駄目。だって、絞めていく過程こそ快楽だから。苦悶に歪む表情は、快感に身もだえるのとよく似てる。たぶん同じ。 「……うん、」  葛藤を乗り越えて、自分一人ではできないことを為そうとしているSubほど美しいものはない。文字通り、自分の殻を脱ぎ捨て、これまでの自分ではないなにかに生まれ変わろうとしている。  碧は肩を震わせながら、ぎこちない手つきで、着ていたものを脱いでいく。羞恥に苛まれ、それでも逆らえず、Domに褒められたい一心で、俺を見上げる。  すべてを手放した碧の姿を目にして、俺は言い表せないほどの満足を覚えた。 「そう。それでいいんだ。Good」  首元に集中していた圧を和らげて、代わりに甘いGlareを向けると、頬をピンクに染めた碧は口元を緩めた。普段は見せることがない、少しだらしない表情が俺の動悸を速める。 「いい子だ。俺の碧は、どこに出しても恥ずかしくない、自慢のSubだ」  大きい物語なんて、必要ない。  チャールズはわかっていない。DomやSubは、個人に与えられた才能であり、欠陥でもあり、あくまで半径一メートルの世界で起こる出来事。  演説が得意な政治家も宗教家も、芸術家も表現者も、自分に備わった(ごう)に突き動かされて、やむにやまれぬ衝動でやってるだけ。  社会を変革したい? 民衆を支配下におきたい?  なんて、くだらない。もっと利己的な事情だ。  広く浅く、多くの人々を熱量で動かすよりも、一人のSubと深くもつれて溶けあって、境界線が曖昧になるくらい絡みあう方が、ダイナミクスの本質なんじゃないのか。  少なくとも俺は、そんな立派な人間にはなれない。 「Attract(魅せて)」  低く命じると、碧はうわずった声で訴えた。 「み、見られちゃう、」 「いいんだよ。見せてみろ、全部。おまえの全部をさらけ出して、俺に差し出せ」  おまえが隠してるもの、すべて残さずぶちまけろよ。楽になれるから。
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