【4】明けない夜は多分ない

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【4】明けない夜は多分ない

 それからの俺は相当浮かれていたのだと思う。  なにをしていても上の空で、久しぶりに仕事で大きなミスをしてしまった。  この世知辛いご時世、契約社員といえども『誰にでもできる簡単なお仕事』なんて割り振られない。そんなものはAIの領分。期間限定のスキルとはいえ、職場独自の用語とシステムとスキルを必死で覚え、無理ゲーよろしくなんとか打ち返していたのに、大失敗をしでかした。  あからさまな叱責とかはない分、かえって凹む。こいつに任せた自分に人を見る目がなかったとか、こんな無能しか雇えない職場にいる自分に幻滅とか、そういう視線のほうが正直キツイ。  特にDomは失敗に弱い。  ある程度はなんでもこなせるし、そんな自分に自信がある分、逆境に弱い。たぶん、不運でもめげないのはSubのほう。メンタルが強いのもSubだという説もあるくらい。  とはいえ、今日の俺は地獄の底でのたうつみたいに落ち込むことはなかった。だって、週末には碧が来る。  部屋に碧が来たらなにをしよう。なにから話そう。どんな準備をしよう。部屋の掃除と片付けはマストとして、他にどうやってサプライズをしようか。考えただけでアドレナリンがでる。悲しいくらいに俺はDomの本能に忠実。  約束の土曜の夕方。  道をよく覚えていないという碧を迎えにいくため、早めに家を出た。最寄り駅からは十数分だけど、目印の乏しい住宅街をクネクネ曲がるので、一人でたどり着くのは難しいだろう。  一時期より日没が遅くなったけど、冬の夕暮れは早い。日中は日差しがあっても、日が落ちれば風の冷たさは身に沁みる。厚手のダウンジャケットを羽織って駅まで早足で向かう。古い物件が多い地域だけど、駅前はだいぶ変わった。昔ながらの商店街はスーパーに、幹線沿いには新築マンションが次々増えている。  碧のことを考えるだけで、俺の足取りは軽い。ただの宅飲みでは終わらせない。もっともっと距離を縮めたい。 「ごめん。待たせた?」  待ち合わせの駅には五分前に到着したけど、碧はもう来ていた。前に着ていたのとは違うシックなロングコートもよく似合う。手土産らしき紙袋が見える。 「いえ。僕が早く着きすぎちゃって」  いますぐどうにかしたいくらいに愛らしい。俺は表情筋を崩さないように注意しながら、碧を連れて歩き出した。  幹線道路には陸橋もあるけど、少し遠回りでも横断歩道のほうが便利だ。犬を連れた男とすれ違う。自転車に乗った子どもが、すぐ横をすり抜けて行く。信号が青に変わるのが見えて、少し早足で向かう。 「これ渡ったら、そっちの角を右ね」  向かいの道路はマンションの建設工事中で道が狭くなっている。碧を急かしながら横断歩道を渡り切った。 「こっちの角だね」  俺よりほんの少しだけ先を行く碧に、ふと違和感を覚えた。  嫌な予感は現実に変わる。
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