134人が本棚に入れています
本棚に追加
小一時間して、さっきのスタッフの男が食器を下げにきた。
『どうなっているんですか、外の様子は?』
いてもたってもいられず、立ち上がった碧が男に話しかける。
『電気が止まっているんです。このビルはいま、非常電源で動いています』
『どうして?』
『それが、さっぱりわからなくて。外から出勤してきた同僚に聞いてみたのですが、外はパニックになって、本当に大変なことになってるようです。バスもメトロも動かないし、信号もダメです。電話もネットもテレビもラジオも、なにもかも機能しないって』
電波障害は変わらずで、外は大勢の警察官が各地に立っているが、事態の収拾には程遠いという。
噂レベルでも、なにか聞いていないかと碧が食い下がると、制服の男は少し考えて、ポツリと漏らした。
『なんでも、夜中に空が赤く光って、変なモノを見た人がいるらしくて』
『変なものって?』
『赤い十字架が見えたという人がいましたね。UFO襲来とか、この世の終わりとか、黙示録の終末の予言だとか、真顔で吹聴してるらしいですよ』
『そんなことって』
失礼します、と言って男はワゴンを押して出ていった。彼自身が困惑しているのはわかったので、それ以上問い詰めたところで、なにも判明しないだろう。
「どういうことだろうな」
碧と二人きりになっても、解決の糸口は見えない。地下室に軟禁された俺たちには、できることがない。
「隕石の落下とか、彗星の衝突とか? アルマゲドンみたいだけど」
「フィクションだと思ってたのに、ありえる気がしてきたな」
なにも、わからない。不安な気持ちで押しつぶされそうになる。
そもそも俺たちは、あのスタッフの男の『話』を聞いただけだ。彼が嘘をついている可能性もある。すべてが虚構かもしれない。一つ一つ疑い出すと、気が変になりそうだった。
『失礼します』
数時間してから、さきと同じ男がノックとともに一人で入ってきた。顔は少し強張っている。俺たちの質問を遮って、ロボットのような口調で繰り返した。
『お二人を、最上階の部屋へとご招待します。一緒にお越しください』
俺を碧は顔を見合わせたが、ついていく他なさそうだった。
『ただいま、非常電源に切り替わっているため、廊下が少し暗くなっています。足元には十分お気をつけください』
部屋を出て、廊下の突き当りまで歩く。非常階段の隣にある、業務用エレベーターを案内された。男は首から下げたスタッフカードをかざして、エレベーターに乗り込む。このカードキーがないと、エレベーターが使えないシステムらしい。
『現在、このビルの出入口は封鎖されています。私たちも含め、誰も外に出られず、外からも入ってこられない状態です』
エレベーターはゆっくりと上昇していった。25階につくと、俺がチャールズと引き合わされた部屋へと案内された。男は、俺たちに席を勧めると、少しお待ちくださいと言って、すぐに退室した。
「緋聖くん、これって……」
碧が窓の外を指さして凍りついた。高層ビルから見える眺めは、先日とは一変していた。
最初のコメントを投稿しよう!