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「だいぶ待たせてしまって、すまない。なにしろ、この状況だからね。もう大変なパニックで、館内の指示を出すだけで手いっぱいさ」
チャールズがやってきたのは、俺たちが席についてから一時間近く過ぎた頃だった。板についたスーツ姿で、息一つ乱していない。
俺と碧の前には、ティーポット一式と焼き菓子が並べられていたが、とても食欲なんてわいてこない。
「通信網も、移動手段もズタズタだ。誰もが半径数百メートルのことしか、把握できなくなっているわけだ。なんでか、わかるかい?」
「スーパーフレア、ですか?」
チャールズが来る前に、碧が説明してくれた。
太陽フレアとは、黒点のまわりで起こる爆発現象で、電磁波や高エネルギー粒子が地球にも到達するため、通信に障害が起こることもある。現在、太陽の周期的な活動が活発化しているため、オーロラとなって現れることもある。
中でも、最大規模のものを『スーパーフレア』と呼ぶ。これまで、太陽のような年代の恒星では、『スーパーフレア』は起きないと思われていたが、ありえない話ではないこと。
太陽フレア自体は頻発しているものの、発生した場所と規模によっては、地球においても甚大な被害をもたらすのだ、と。
「正解だ。よく、わかったね。世界各地の低緯度地域でもオーロラが見えてるはずだし、この国ではいま、ドローンが飛ばせなくなっている。GPSが機能しなくなっているからね。人工衛星もダメ、パトカーも救急車も呼べない。電話が通じないし、電子決済も全部アウト。全世界で経済がストップ。もうメチャクチャさ。警察官を動員しただけでは収まらないから、午前中から軍が出動している。こんな大災害に、自分が生きている間に直面するとは、ちょっと信じられなかったね。まさしく、現代文明の崩壊だよ」
窓の外に広がる、街の様子を観察する。
道路には車が走っているけれど、ひどく低速だった。信号がないため、ひっきりなしに衝突寸前の事故が起きている。普段であれば、人々が行き交う通りもすっかり閑散としていた。
暴徒に備えてシャッターを下ろす店舗が続く。ビルの上の階では、窓から身を乗り出して、不安そうに空を眺める人々がいる。
「あなたは、この事態を知っていましたね、チャールズ」
碧は瞬き一つせずに、正面に座る男を見つめて問いただした。
「知っていた、とは随分ご挨拶じゃないか。シナリオの一つとして予測はしていた、というのが本音だよ」
「嘘だ」
俺は間髪を入れず、ヤツの言葉を否定した。
「Mr.オオコウチは、どうあっても、私を悪者にしたいようだね」
「予測程度じゃないだろう。スーパーフレアが、この日に起こることを、あんたは知っていたんだ。なんで知っていたのか、天体観測だか、凄腕の占い師を頼ったのかまでは知らないけどな。昨日の深夜、明け方か? こうなることを知っていた。だから、俺やアンディや碧を、自分サイドへ引き込もうとしたってことだろう?」
「なんのために?」
「知らないよ、そんなこと。あんたの思惑なんて、俺にわかるわけない」
チャールズは顔色を変えることがない。そもそも、スーパーフレアの発生を知っていた、というのは間違いないだろう。
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