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地下室はもう御免被りたいとチャールズに向かってゴネたら、最上階の一室をあてがわれた。客用の部屋ではないと釘を刺されているが、多少狭くて散らかっていても、外が見えるほうがありがたい。
アンディとネオは別の場所にいるという話で、会うことはできない。
いまいるビルそのものが封鎖されたので、働いているスタッフも留め置かれることになった。ここにいる限り、最低限の水も食料もエネルギーも保障されている。一種のシェルターみたいなものだ。
「日本には、いつ帰れるのかな」
新しい部屋に移って、碧と二人で顔を見合わせる。
「碧は家族が心配?」
「それは、まあ。僕がこっちにいることは知ってるし、連絡はしてたけど。こうなったらもう、なにも伝えることはできないよね。向こうも多分、元気にしてるとは思うけど。そういう緋聖くんは?」
俺は、碧に家族の話をしたことはない。
そもそも、実家を出てきた時から、一度も帰っていないし、ここ数年は連絡も取っていない。
「俺は、不肖の放蕩息子ってヤツだから、心配もされてないだろ、いまさら。職場もまあ、なんとかなってるって信じるしかないよな」
社長にも伊東にもさんざん世話になったけれど、なにも伝えられていない。
日に日に、外の状況は悪くなるようだった。
外はもう、昼間でも歩けないくらい荒廃している。
夜は明かりがなく、ロウソクやランタンの光を除けば、真の闇が広がる。プラネタリウムみたいな満天の星空、つまり、人の住む世界は真っ暗闇で無秩序で、定期的に軍の巡回があるとはいえ、たった数日でスラ厶のようになっていた。
時折、火の手が上がる。諍いの結果か、ロウソクから燃え移った事故なのかはわからない。でも、救急車は来ないから、すぐに延焼する。燃えるものがなくなるまで、炎に舐め尽くされる。
俺たちにできることは、オペラグラス片手に、外の世界を眺めるくらいだった。分厚い窓ガラスを隔てた向こうは、厳しい現実が広がっている。
「あのさ、あそこのビルの左端の窓のところ、見える?」
碧は持っていたオペラグラスを俺に手渡してきた。
「なにか、チカチカしてるな。鏡の反射じゃないみたいだけど。なんだろ」
「そうか。モールス信号だ、あれ」
「あの、ツーとかトンとかいうやつ? 碧、知ってるの?」
「うろ覚えだけど、一応」
オペラグラスを碧に返した。通信障害が起きてから五日が経っている。まだ復旧はしていない。モールス信号なら、原始的だが、確実に情報を伝えられるだろう。
「で、なんて言ってるんだ?」
碧の真剣な横顔を見つめながら聞いてみたものの、返事はない。邪魔をしたのかと思って黙りこんだが、しばらくして碧は深々とため息を吐いた。
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