[8]嘘か本当か立証できない

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 碧にならって俺も、窓から放たれる光に向けて目を凝らす。長い光と短い光の二種類あるのはすぐにわかったが、それ以上は読み取れない。 「駄目だ。なにを伝えているかは、全然わからない。モールス信号を、さらに暗号化してるんだ」 「え? ていうかさ、なんで碧はそんなのわかるの、そもそも」 「体調を崩して寝込んでた時に、暇つぶしで覚えたんだよ。モールス信号って、日本語の『あいうえお』にも英語の『ABC』にも、一文字ずつ対応してるんだ。けど、あそこの窓で出してる信号は、どっちでもない。特定の相手へ向けて、秘密の通信をしてるみたい」 「チャールズに聞けばわかるんだろうな」 「うん、多分、チャールズの関係者に向けて暗号でやり取りしてるんだよ」 「ってことは、こっちからも発信してるんだろうな」  彼らはこの未曾有の事態、太陽のスーパーフレアの発生を知って、あらかじめ準備していた。自分たちだけの暗号を設定しておくくらい、わけないだろう。 「どうにもできないことばっかりだな」  碧と並んで窓辺に肘をつきながら、外の世界を眺める。  俺たちは本当に無力だった。チャールズの庇護のもと、衣食住を保障されているだけの、ただの食客。一方的に守られ、なにもさせてはもらえない。かといって、日に日に荒廃していく外の世界へ飛び出す勇気なんて、ない。  かろうじて統制の取れた軍があたりを巡回して、最低限の配給などはあるようだが、それ以外は自警団を称するギャングたちの配下にある。それを教えてくれたのもチャールズだった。 「煙の後が増えたな」  混乱の当初から日が経つにつれて、武器の類を手にした者が増えていく。いや、拳銃くらい携行しないでは、昼間も歩けない街になってしまったらしい。  いまでは、女性や子どもの姿を見かけることも稀だった。各地に開設されたらしい避難場所へ集まっているならいいが、身動きできない者は困難を極めているだろう。五日経てば、家にあった食料すら尽きてくる頃だ。 「碧、そんな顔をするな」  次第に険しい表情になる碧を見て、俺は肩を抱き寄せた。暗い思考にはまると抜け出せなくなる。いま、一番はまりこんではいけないのは、精神的にダメージを負うことだ。 「ここは安全で、しばらくは暮らせるだけの用意もあるって聞いてるだろう」 「でも、下の街は、」 「そうだな。でも、いまはどうにもできない」  非常事態宣言が出ているという。きっと、被害にあった各国が同じような状態にあるのだろう。都市機能は、まだ復旧の目処すらたたない。 「なあ、ここから外へ出ることができたら、碧はどこへ行きたい? なにがしたい?」 「外? 特に思いつかないけど、緋聖くんは?」 「俺は、どっか自然の多いところに行きたいな。人がいなくて、食べるものがあって、誰の目も気にしないで、碧と二人でいられるところ」  こういう事態だからこそ、夢物語みたいな理想が必要だと思った。  いま、したいこと。行きたい場所。 「だったら、南の島とかじゃない? 魚が獲れて、果物とか自生してるような」 「川も必要だな。きれいな水が流れて、すぐに飲めるような川」 「島だと難しいかな。海辺の土地がいいかも。砂浜があって、穏やかな気候の場所」 「いいね。そういう自給自足できる土地が、究極の楽園だよな。こうなってみるとさ」 「うん」  いや、本当はどこでもいい。  碧さえいれば、俺はそれでいい。他に必要なものなんて、そんなにない。  俺のささやかな願いは、思いもしない方向から破られることになる。
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