[9]マイノリティとはもはや言えない

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[9]マイノリティとはもはや言えない

 窓一枚隔てた向こうには、混乱と荒廃を極めた外の世界が広がっている。  なのに、俺たちだけがヌクヌクと温室の中に囲われている。  いまの俺に、本当にできることはないのか?  誰かのために、為せることはないのか?  そう思う一方で、いまだけの平穏を享受したい気持ちも否定できない。  なにかを成し遂げたいという、Domの本能。それとは相反する、自分のSubだけがそばにいれば良いという本性。矛盾する気持ちが、どうしようもなく膨れ上がって、俺の内側をチクチクと苛む。 「緋聖くん、あの、」 「なんだよ」 「あのね、僕のことは気にしないで。それで、緋聖くんは、自分がやりたいようにすればいいと思うよ」 「なに言ってんだよ」  俺は、とっさに碧の両腕を掴んでいた。 「俺には、碧以上に大事なモノなんて、ない」  だって、決めてるから。外がどうなろうとも、俺は碧のことを一番にして生きていく。それだけは揺らがない。 「でも、」 「もう黙れ」  揺らぎたくない。一番は一つしか、あり得ない。俺は碧が言おうとした言葉を遮って、Glareを強めた。反射的にヒクっと碧の肩が震える。  威嚇じゃない。でも、いまは正論なんて聞きたくない。離れていた分の時間と距離を埋めるように、俺たちは濃厚なプレイを繰り返していた。 「Kiss(キスしろ)」 「ん……」  二十五階の窓辺で、ディープな口づけを交わし合う。オペラグラスさえあれば、外からだって俺たちのことが見える。  だから、どうした?  こんな訳のわからない世の中で、いまさらなにを取り繕う? 「もっと、吸わせろよ」  息を切らした碧が、俺の肩を軽く押し出す。濡れた唇から、少し苦しげな息が漏れる。それにすら煽られて、俺は碧の背に手を回していた。 「まだ、昼間だよ」 「ダメか?」  目を細めて、碧の首周りにGlareを沿わせる。顎のラインをなぞり、喉仏をくすぐって、首のうしろへ回りこむ。 「碧が、欲しい」  外が非常事態だからこそ、馬鹿みたいに欲情していた。  明日のことがわからない。明後日も明々後日も、どうなっているか、生きてるかどうかすら、覚束ない。 「駄目だよ。だって、昨日もしたばっかりなのに」 「だからだよ。いまなら、すぐに入るだろ?」  馬鹿馬鹿しいことしてるのは、わかってる。けど、止められない。一度、火がついた身体は、おかしいくらいに燃えあがって、火種のようにくすぶっている。 「入れて、お願い」  碧の耳朶を甘噛みする。舌を伸ばして、耳の穴を舐める。 「ふっ、んッ」  碧の身体が、硬くなる。熱が伝播する。もっともっと。なにかに急き立てられるように、さらに煽りたくなる。  こんなことしてる場合じゃないのに。でも、次にいつ、生身の熱を感じられるか、誰にもわからないから。  ああ、もう、なにも考えたくない。 「待って」 「なんだよ。ブラインドを閉めとけばいいのか?」 「そうじゃなくて、下、見て。入口のところ、あそこに人が集まってる」  碧が身を乗り出して指をさす場所には、不穏な得物を手にした一団が集まっているのが見えた。 「ヤバいな、あれ」  このビルは正面にシャッターを下ろし、裏口も何重にも施錠している。けれど、無軌道に散らばる暴徒共は、バリケードを突破しようとしていた。
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