134人が本棚に入れています
本棚に追加
[9]マイノリティとはもはや言えない
窓一枚隔てた向こうには、混乱と荒廃を極めた外の世界が広がっている。
なのに、俺たちだけがヌクヌクと温室の中に囲われている。
いまの俺に、本当にできることはないのか?
誰かのために、為せることはないのか?
そう思う一方で、いまだけの平穏を享受したい気持ちも否定できない。
なにかを成し遂げたいという、Domの本能。それとは相反する、自分のSubだけがそばにいれば良いという本性。矛盾する気持ちが、どうしようもなく膨れ上がって、俺の内側をチクチクと苛む。
「緋聖くん、あの、」
「なんだよ」
「あのね、僕のことは気にしないで。それで、緋聖くんは、自分がやりたいようにすればいいと思うよ」
「なに言ってんだよ」
俺は、とっさに碧の両腕を掴んでいた。
「俺には、碧以上に大事なモノなんて、ない」
だって、決めてるから。外がどうなろうとも、俺は碧のことを一番にして生きていく。それだけは揺らがない。
「でも、」
「もう黙れ」
揺らぎたくない。一番は一つしか、あり得ない。俺は碧が言おうとした言葉を遮って、Glareを強めた。反射的にヒクっと碧の肩が震える。
威嚇じゃない。でも、いまは正論なんて聞きたくない。離れていた分の時間と距離を埋めるように、俺たちは濃厚なプレイを繰り返していた。
「Kiss」
「ん……」
二十五階の窓辺で、ディープな口づけを交わし合う。オペラグラスさえあれば、外からだって俺たちのことが見える。
だから、どうした?
こんな訳のわからない世の中で、いまさらなにを取り繕う?
「もっと、吸わせろよ」
息を切らした碧が、俺の肩を軽く押し出す。濡れた唇から、少し苦しげな息が漏れる。それにすら煽られて、俺は碧の背に手を回していた。
「まだ、昼間だよ」
「ダメか?」
目を細めて、碧の首周りにGlareを沿わせる。顎のラインをなぞり、喉仏をくすぐって、首のうしろへ回りこむ。
「碧が、欲しい」
外が非常事態だからこそ、馬鹿みたいに欲情していた。
明日のことがわからない。明後日も明々後日も、どうなっているか、生きてるかどうかすら、覚束ない。
「駄目だよ。だって、昨日もしたばっかりなのに」
「だからだよ。いまなら、すぐに入るだろ?」
馬鹿馬鹿しいことしてるのは、わかってる。けど、止められない。一度、火がついた身体は、おかしいくらいに燃えあがって、火種のようにくすぶっている。
「入れて、お願い」
碧の耳朶を甘噛みする。舌を伸ばして、耳の穴を舐める。
「ふっ、んッ」
碧の身体が、硬くなる。熱が伝播する。もっともっと。なにかに急き立てられるように、さらに煽りたくなる。
こんなことしてる場合じゃないのに。でも、次にいつ、生身の熱を感じられるか、誰にもわからないから。
ああ、もう、なにも考えたくない。
「待って」
「なんだよ。ブラインドを閉めとけばいいのか?」
「そうじゃなくて、下、見て。入口のところ、あそこに人が集まってる」
碧が身を乗り出して指をさす場所には、不穏な得物を手にした一団が集まっているのが見えた。
「ヤバいな、あれ」
このビルは正面にシャッターを下ろし、裏口も何重にも施錠している。けれど、無軌道に散らばる暴徒共は、バリケードを突破しようとしていた。
最初のコメントを投稿しよう!