【4】明けない夜は多分ない

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 いつも通っている道。建設工事で狭くなっていて、道幅ギリギリまで足場が組まれている。  揃いのヘルメットをかぶった作業員。  クレーンに高所作業車、剥き出しの鉄骨、飛び散る火花。  当たり前の風景に、異変を感じたほんの一瞬。  スローモーション。  なにもかも止まって見える。  動けない。頭はこんなにクリアなのに、細胞一つ一つが時間停止をかけられたみたいで。  こんな瞬間に限って、碧は俺より半歩先を歩いていて。  間に合わない。  届かない。  手を伸ばしてタックルするよりも早く、俺は全力でおしよせてくる『現実』に抗っていた。 「Stop(とまれ)!!」  本能が選んだ絶叫は、全身全霊をこめた全力のGlareとCommand。  前へ進もうとしていた碧が静止する。  その鼻先を、猛烈な勢いでかすめる『なにか』。  轟音。地響き。粉塵。  悲鳴すら出ない。その場に居合わせた誰もが、呼吸を止めた刹那。  頭上から、工事資材の一端が落下して、道路へ降ってきた事故なのだと理解するまでには、もうワンテンポの時間が必要だった。 「……!!!」  碧はその場に立ちつくしていた。根が生えたように動かない。 「大丈夫か?!」  俺が腕を伸ばすと、碧は一瞬でくずおれた。  目視で確認した限りでは、怪我はない。が、ダークブラウンのロングコートは真っ白で粉だらけ、ところどころに砂混じりのコンクリート片が付いている。  碧のスニーカーの半分は破砕したブロックの塊で埋まっている。  その先には、鈍色の鉄骨が不自然な形でめりこんでいて。 「碧! おまえ、ケガは?!」  返事はない。膝立ちで抱えた体はマネキンのように固まっていて、意思が感じられない。 「あお? 碧!」  肩を掴んで揺さぶると、ようやく目の焦点があった。 「……っ、」  唇が震えるが、声にならない。うまく息も吸えていないようで。 「大丈夫、大丈夫だよ、おまえは、心配ないから!」  俺が声をかけるとようやく、ゆっくりと息を吐き出した。いのちが、俺の手の下に戻ってきたことを実感して、きつく抱きしめていた。 「大丈夫ですか!」  停止していた時間が動き出すように、バラバラと人が集まってくる。工事関係者と通行人に取り囲まれて、俺は慌てて顔をあげた。 「碧、話せるか?」 「……あ、うん。だいじょうぶ、だと、おもいます」  ひとまずの無事を見届けて野次馬は去り、現場監督らしき男たちが残る。  落下物とは、すんでのところで接触していないこと、足先にも怪我は見られないことを確認してから、きちんと病院の診断を受けるよう勧められた。連絡先の交換をして、補償やその他についても後日伝えることを話し合う。  碧本人は呆然としていたので、話の大半は俺が引き取った。  救急車を呼ばれそうになったが、普通に歩けるから必要ないと言って、碧は頑なに断った。流しているタクシーを拾って、ツーブロック先にある俺の部屋へ向かう。  碧の横顔には血の気がなく、俺は黙って見守ることしかできない。  かろうじて回避できたものの、あと五センチでも近づいていれば、生命に関わる事故が起きていた。  とっさの俺が無意識で使っていた、GlareとCommandの、碧への影響については一切考えが及ばなかった。
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