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いつも通っている道。建設工事で狭くなっていて、道幅ギリギリまで足場が組まれている。
揃いのヘルメットをかぶった作業員。
クレーンに高所作業車、剥き出しの鉄骨、飛び散る火花。
当たり前の風景に、異変を感じたほんの一瞬。
スローモーション。
なにもかも止まって見える。
動けない。頭はこんなにクリアなのに、細胞一つ一つが時間停止をかけられたみたいで。
こんな瞬間に限って、碧は俺より半歩先を歩いていて。
間に合わない。
届かない。
手を伸ばしてタックルするよりも早く、俺は全力でおしよせてくる『現実』に抗っていた。
「Stop!!」
本能が選んだ絶叫は、全身全霊をこめた全力のGlareとCommand。
前へ進もうとしていた碧が静止する。
その鼻先を、猛烈な勢いでかすめる『なにか』。
轟音。地響き。粉塵。
悲鳴すら出ない。その場に居合わせた誰もが、呼吸を止めた刹那。
頭上から、工事資材の一端が落下して、道路へ降ってきた事故なのだと理解するまでには、もうワンテンポの時間が必要だった。
「……!!!」
碧はその場に立ちつくしていた。根が生えたように動かない。
「大丈夫か?!」
俺が腕を伸ばすと、碧は一瞬でくずおれた。
目視で確認した限りでは、怪我はない。が、ダークブラウンのロングコートは真っ白で粉だらけ、ところどころに砂混じりのコンクリート片が付いている。
碧のスニーカーの半分は破砕したブロックの塊で埋まっている。
その先には、鈍色の鉄骨が不自然な形でめりこんでいて。
「碧! おまえ、ケガは?!」
返事はない。膝立ちで抱えた体はマネキンのように固まっていて、意思が感じられない。
「あお? 碧!」
肩を掴んで揺さぶると、ようやく目の焦点があった。
「……っ、」
唇が震えるが、声にならない。うまく息も吸えていないようで。
「大丈夫、大丈夫だよ、おまえは、心配ないから!」
俺が声をかけるとようやく、ゆっくりと息を吐き出した。いのちが、俺の手の下に戻ってきたことを実感して、きつく抱きしめていた。
「大丈夫ですか!」
停止していた時間が動き出すように、バラバラと人が集まってくる。工事関係者と通行人に取り囲まれて、俺は慌てて顔をあげた。
「碧、話せるか?」
「……あ、うん。だいじょうぶ、だと、おもいます」
ひとまずの無事を見届けて野次馬は去り、現場監督らしき男たちが残る。
落下物とは、すんでのところで接触していないこと、足先にも怪我は見られないことを確認してから、きちんと病院の診断を受けるよう勧められた。連絡先の交換をして、補償やその他についても後日伝えることを話し合う。
碧本人は呆然としていたので、話の大半は俺が引き取った。
救急車を呼ばれそうになったが、普通に歩けるから必要ないと言って、碧は頑なに断った。流しているタクシーを拾って、ツーブロック先にある俺の部屋へ向かう。
碧の横顔には血の気がなく、俺は黙って見守ることしかできない。
かろうじて回避できたものの、あと五センチでも近づいていれば、生命に関わる事故が起きていた。
とっさの俺が無意識で使っていた、GlareとCommandの、碧への影響については一切考えが及ばなかった。
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