[9]マイノリティとはもはや言えない

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 俺と碧はひと固まりになって、二十二階の薄暗い廊下を進んだ。フロアのつくりは、二十五階と大体変わらないようだった。左右にいくつかの扉があり、一見するとオフィスのような雰囲気になっている。 「あの部屋だ」  セントラルにいた頃、頻繁に感じていた他のDomが使うCommandの気配がした。  言葉で説明するのは少し難しい。なんとなく嫌な感じがする。事件現場とか、事故物件とか、足を踏み入れたくない雰囲気といったら乱暴だろうか。 「碧、大丈夫か?」 「うん、いまのところは」  ドアはしっかり閉まっているから、声が漏れてくることはない。でも、冷気のような何かが、ひたひたと迫ってくる。気分のいいものではない。  パートナーとの間で行われるプレイのようなコミュニケーションとは違う。お仕置きや懲罰といった類のCommandだ。 「どうして、ここがわかるかな、君たちは」  唐突にドアが開いた。俺たちを部屋に招き入れたのはチャールズだった。 「やっぱり、あんただったか」 「そっちこそ、隠れているつもりかい、それで」  俺たちDomは、それぞれが強力な磁石のように反発しあってしまう。縄張り争いに躍起になる野犬と変わらない。 「まったく、タイミングの悪いところに現れるんだから。いや、かえっていいところ、だったのか」  そこは、教室くらいの広さの部屋だった。机や椅子は端に寄せられ、真ん中が広くなっている。部屋の隅には、背中を向けて立ちつくしている男が一人。ヘルメットとカーキ色の制服は、一階エントランスのギャングたちを追い払った一団と同じものだと気づく。 「Cornerなのか?」 「ああ、仕事を拒んだからな。上司の命令通りに動かないスタッフは困るんだ。他の同僚に悪影響を与えかねない」  背を向けた男は人形のように動かない。背が高くて体格は申し分ないのに、ひどく縮こまって見えた。 「私はいくつかの会社を経営していてね、彼らはその一つである、民間警備会社の社員だよ。この異常事態でも、整然と勤務してくれる、頼もしくて優秀なスタッフというわけさ」 「じゃあ、さっきの正面エントランスのあれも、」 「ああ、君たちのところからも見えたんだね。そうだよ、不穏な連中がビルに乗り込んできそうだったから、さっそく出動してもらった。その彼らもそろそろ、戻ってくる頃合いだ」  言葉の通り、ほどなくしてドアがノックされた。チャールズは手ずからドアを開けると、揃いの制服を着た彼らを出迎えた。  変だ、と思った。  なにかが、おかしい。  彼らの動作は自然なのに、どこか作為的なものを感じる。軍隊とは違うが、少し似ているのか。いや、そうではない。  チャールズの視線が俺に向けられる。余計な真似をするな。刺すような視線は、それだけで十分だった。  違和感の正体に気づいて、俺は唇を噛んだ。
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