【4】明けない夜は多分ない

3/4
前へ
/122ページ
次へ
「服、適当なの貸すから着替えてこいよ。その後で病院行こうか?」 「いや、いい。平気だから」  終始無言だった碧は力なく首を降った。粉まみれのコートはハンガーにかけて、玄関で軽くはたく。ズボンの裾は特に汚れていたので、替え用にジャージを渡す。 「ほら、飲んで」  お湯を沸かしてインスタントコーヒーを煎れる。ジャージに着替えた碧は、湯気のたつマグカップを素直に受け取った。 「ねえ、おかしいかな。いまになって、ふるえが、とまらないんだ」 「おかしくないだろ。あんな事故、滅多に起こることじゃないし」  後日、警察からも連絡がいくかもしれないと言われている。あの事故は、一つ間違えば大惨事になっていた。碧が無傷でいるほうが奇跡だ。 「緋聖くんが、あのとき、止めてくれなければ、僕は、いまごろ、もう、」  コップを置いた碧が背中を丸める。肩が左右に大きく揺れて、奥歯がカチカチ鳴る。いまになって、恐怖がこみ上げてきたのだろう。ビビって当然。 「碧が無事でよかった」  体育座りの肩をうしろから抱き寄せた。軽くトントン叩く。 「ありがとう。あの、変なこと聞くようだけど、緋聖くんが時間を止めてくれたような気がして、本当にビックリして、それで、」  碧の言わんとしていることを察して、ハッと息を飲んだ。  バレてる。  当たり前か。あれはGlareとCommandだった。無機物には効果ないけど、Subには効くし、Normalでも足止めくらいにはなる。  でも、いいのか? こんなタイミングで、おまえ実はSubじゃん? とかいうのって違くない? 「なあ、全然話は変わるんだけどさ、前に体弱くて、胃腸の薬飲んでるって言ってただろ?」 「へ? あ、ああ。うん」 「どこの病院で処方された薬?」 「病院っていうか、ずっと診てくれてる主治医の先生がいて、その先生が出してくれた薬なんだけど。それが、どうかした?」  さらに続きを促すと、主治医は母方の開業医の伯父という答えが返ってきた。やっぱりそうか、という確信は胸に重石となる。  胃腸薬といわれ、親族から処方されたSub用の抑制剤。  碧は、自分がSubであることを知らされていない。家族の意向で伏せられている。伯父の他に誰が把握しているのかはわからない。  一粒種の御曹司という立場から、Subであってはいけない、と考える者がいる。 「どうかした?」 「いや」  軽く首を傾げる碧の前で、俺はなにも言えなくなった。  碧がSubだと都合が悪い。そんな連中に囲まれていて、俺がいまダイナミクスについて告げるとどうなる?  碧が混乱する。きっと認められない。まして、こんな事故のあった後だ。  でも、黙っているのが碧のためになるのか?  碧はSubなのに、Subとしての喜びを知らないままでいいのか?  考えがまとまらない。俺が黙り込んでいると、碧は不意に顔を歪めて、大粒の涙をにじませていた。
/122ページ

最初のコメントを投稿しよう!

133人が本棚に入れています
本棚に追加